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「じゃあ、お前はどうなんだ。東屋、お前は兄の変調をその目で見たんだろう。そのときにお前はどう思ったんだ。もしかすると、それが案外正解なのかもしれないぜ」 「灯台デモクラシーってわけだね」  違うけれど。灯台下暗しの誤植だとしても違うけれど。  ともあれ、直感に頼るというのは間違えた思考術ではないはずだ。  これが東屋の兄の生命が瀬戸際の事件ならば、もっとまくしたてていたけれど、今回の『変な話』にはそんな殺伐とした気配はない。慌てて走っていったと言っていたけれど、それにしたって無事生還していたことだし、兄と兄の知り合いとのあいだでいざこざが生じたことで表出した変調なら、東屋がその内容を知ったとして、彼女にできることは何もない。  つまり、東屋はつっかかろうとしなければ、本来は関係ない人物なのである。  関係のない人物――それは換言すると、第三者となる。  しかも、兄の行動原理を熟知した妹。  だから、そんな彼女の意見が謎を解き明かす上で肝となるだろう。彼女の受けた印象そのものがパズルのピースということも充分にあり得る。それで納得すれば、残りの休み時間をつつがなく過ごせる。あと五分くらいしかないので、屋上どころか屋上前の踊り場にすら足を運べないけれど、まあ、彼女の奔放にすべて付き合うよりか放出する体力はおさえられるだろう。  東屋は顰め面で、唸り声をあげて――やがて、ぴこん、というオノマトペが聞こえてくるくらいとびっきりの笑顔で、当時に抱いた感想を口にした。一連の一挙手一投足はなかなか愛嬌があり、彼女に好意を抱く男子ならハートを射貫かれていたことは間違いなかった。 「お兄ちゃん、怪獣と闘っていたんだって思った」 「…………」  プリティな仕草とは裏腹に、百八十度見渡しても発見できない、奇天烈な回答だった。 「本を読んでいる途中、ケータイに出動命令が下り、ヒーローの秘密基地にて変形ロボットに搭乗し、悪鬼羅刹のモンスターと死線を繰り広げてきたんだよ。三十分っていう時間がその証拠だね、テレビでやっている戦隊モノも三十分、放送しているからさ」 「ああ、そうだね、そうそう。その通りだ。まったくもって不備はない。パーフェクトな推理だよ。もはやぼくの出番は必要ないな。今度から『変な話』にはお前ひとりで立ち向かってくれ。大丈夫、お前ならできる。ヒーローたる兄と同じDNAがその身体に刻まれているんだから。むしろ、兄より妹のほうが才覚があるというのは定石だ。お前も戦隊に入隊して怪獣に立ち向かえ。そして死ね」 「何もかも二重の意味で言い過ぎだよ! 冗談だって分かって言っているでしょう」  ……さすがに棒読み過ぎたか。  あまりにも――あまりにも東屋の意見がくだらなかったから、ほとほと呆れて、もういいや感を惜しみなく出してしまった。そのせいで韜晦が看破された。もう少し感情を言葉に乗せていれば彼女を懐柔できたかもしれない。 「まったくもう、私だからいいものの、ほかの女子がボケたときそんな返しをされたら、その子、卒倒しちゃうよ」  安心しろ、ほかの女子はそもそもお前がしたような珍妙なボケを繰り出さないから。
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