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先に部屋を出た静香にやっとで追いついた。
静香は、信号待ちをしていた。目の前には、かなりのスピードで車が行き交う。周りに人はいない。
それを見て、僕は、思い出した。すべてを思い出した。
僕は、優しく、そして力強く、横断歩道のすぐ横に停められた自転車を押した。その自転車は倒れ、彼女の腰のあたりにあたった。
彼女は体勢を崩して車道へ押し出された。まるで、倒れるように。
何かがぶつかる音がした。一瞬遅れて急ブレーキの音が聞こえる。そして、ドサッと何かが落ちる音。
さっきの車にドライブレコーダー がついているのが見えた。ドライブレコーダー がついた車を狙ったのだから。
彼女が飛び出したわけじゃなくて、自転車が倒れたために車道に押し出された事故だということが写っているはずだ。
不慮の事故死なのだ。
これで彼女の生命保険は確実におりる。生命保険に入ってすぐ自殺しても保険金はおりない。免責期間があるからだ。僕たちの保険の場合、自殺だと保険金がおりない。
さらに、僕たちの保険では、不慮の事故死の場合、災害割増特約で生命保険金が増額される。
自殺か不慮の事故死かで、天国と地獄ほど保険の対応が違うのだ。
そして、彼女の生命保険の受取人は、苦労して僕を育ててくれたうちの母親。
どうも、幽霊になってから、記憶が曖昧な部分があったが、今、すっかり思い出した。
僕の未練がなんだったかも。
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