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「義樹」
マンションのドアの横のカメラ付きインターホンから彼女の声がした。
ドアが開き、結城静香が顔を出す。僕を見て目を大きく見開いた彼女は、僕(菅原義樹)の恋人。
「どうしたの? 義樹」
首をコテンと傾けると彼女の長い髪は、顔の動きを無視して垂れたまま揺れている。僕にはもったいないほどきれいな子。
僕の住んでいた田舎には、こんなきれいな子はいなかった。大学生になって人生初の彼女ができたらいいなぁなんて思っていた。
本当にできるとは思わなかった。しかも、こんなに誰からも羨まれるような女の子。
「えっ? 僕が来たの、そんなに意外だった? あ、そうか、レポート、明日までだからね」
「そ、そうよ。だから、意外だった。早く入って」
なぜか焦ったように、彼女の声が裏返る。
僕は右手を持ち上げた。
「君の好きなアイスを買ってきたんだ」
「何、手品でも始めるの?」
彼女の言葉で自分の右手を見るとさっき買ったコンビニのレジ袋を持っていなかった。
「あれ、おかしいな?」
「今日のギャグは、イマイチかなー」
彼女はそう言って先に部屋の中へと消えていく。ギャグなんかじゃない。さっきまで持っていたはずなのに、こっちが手品をされているようだ。それでも、気を取り直し、「お邪魔しまーす」と言って後に続く。女性の一人暮らしの部屋に入るのは、いまだに緊張する。
「僕、もう食べたけど、静香は晩御飯、食べた?」
「うん、食べた。それで今、レポート書いてたとこ。義樹のせいで」
そう言って静香は口を尖らせる。
「僕のせいなんて、僕を責めてると、そのうち、君がやらかしたときには、はっきりと君のせいだって、責めちゃうよ」
「義樹の意地悪」
そう言って今度は頬を膨らませる。本当に仕草がかわいい。
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