挑戦と現実

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挑戦と現実

「……や、やっと書けた!」  殺していた呼吸を解放し、頭の重さを後方に傾ける。一つ大きな息を吐き、再び背中を丸めた。  ほぼ白黒で構成された紙には、不器用な文字がある。読み辛さのある字面ではあるが、僕にとっては満足の出来だった。所々目立つ空白と、ある一ヶ所だけが少々気がかりなくらいだ。 「お疲れ様、(すぐる)。うん、よく書けてるじゃない」  背後から現れたのは母親だった。温かなお茶と菓子を携えている。真横に腰を下ろし、改めて紙面を眺めはじめた。  文字を追う顔は少し浮かない。言わずとも分かるその理由に、胸が痛くなった。 「何回も言うけど、無理しなくてもいいのよ……?」 「……だ、大丈夫だよ」  内を駆ける不安を潜め、上手く作り笑いを浮かべる。母親は何も言えないようで、ただ不器用に困笑した。  紙面の一番左上――見出しにも該当する文字に目をやる。人生の概要を詰め込む為のそれは、新たな一歩を踏み出すのに必要な道具らしい。履歴書と書かれた紙には、違和感のある自分がいた。  それともう一ヶ所、どうしても引っ掛かる文字にも目をやる。  ――三十五才、か。  母親の手前、敢えて声にはしなかった。きっと大丈夫。書くことは書ききった。そう己に聞かせ、履歴書を半折りした。  後方のカレンダーに目をやる。美しい文字が多く並ぶ中、ぽっかりと浮く短文を捉えた。    "十時三十分からバイトの面接"    僕は明日、初めての面接に挑む。
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