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「あの、ケガはないですか? ごめんね、もしかしたら何かを取りに行きたかったのかもしれないけど……」  ようやく、馬車に轢かれかけた張本人――子どもが目を覚まし、声をかけることができた。フクが一人で住んでいる小さな家の、お粗末な寝台で横になっている幼子に合わせて片膝をつく。子どもは「もしかして、お兄さんはボクのことが見えるの?」と体を起こしながら不思議なことを口にした。まん丸な瞳。瞳孔は縦に割れていて、一見は猫の亜人にも見える。しかし、フクの額に触れてきた手のひらはびっくりするくらい冷たい。 「ええと……もしかして蛇族さん、ですか? はじめましてですね! ちゃんと見えていますよ」  その冷たさに、ぴやっと体を震わせてからフクが返事をすると、子どもはパチパチとまん丸な目を瞬かせ、コクンと頷いてみせた。 「お兄さん、常になんとなく不幸でしょ。不憫の神が憑りついてたもの」 「えっ?! 不憫の神ってなんですか?!!」  急いで耳や髪、服をぱたぱたとはたくが、人々が崇める神というものが自分に……しかも、不憫の神ってなんだそれ。ひとしきり確認したものの、最後に尻尾をひと振りしてもくっついているというものは分からない。その様子を見ていた子どもはクスクスと笑い、可愛らしく小首を傾げた。 「いま追い払っておいたよ。お兄さんみたいな善良なコには不似合いだからね。さて、ボクも神を名乗っていてね……さっき助けようとしてくれたお礼に、一つだけ願い事を叶えてあげる」 「えっっ?!! あ、ありがとうございます! ええと……ええと……」 「うんうん、分かった。おうちでのんびり寝ていられる生活、ね。りょーかい! このボクにお任せあれ!」  じゃあ早速お仕事だよ、と子どもは目を限りなく細めて笑った。 *** 「……ほわあ?!!」  とにかく伯爵家に戻れ、と神を名乗る蛇族の子どもは言った。使用人にもらったくじだけは大事に家の中に置いて、伯爵家への近道をフクは急ぎ――それから口をあんぐりと開いた。 (……お、大きな魔獣がいますよ!?)  武装した人間やら体躯の良い犬の亜人たちやら、とにかくそうそうたる顔ぶれが揃っている。彼らが取り囲んでいるのは、フクも見たことがないほどの大きな魔獣だ。時折侵入してくる『ねずみ』とは比べようもない。一口で伯爵家の壁を齧り取る姿に、つい先ほどまでフクの飼い主だった伯爵たちが野太い悲鳴を上げている。 (アーサー様までいる!)  護衛たちに囲まれたアーサーの姿も見つけた。彼らが急ぎ向かっていたのは、ここだったのだ。大きな魔獣を狩るには、数十人がかりとなる。公爵家から連れてきたと思しき、見た目からしていかつい獣亜人たちが鎮圧しようとしているので、魔獣は彼らに任せておけば大丈夫そうではある。 (じゃあ、おれに出来ることをやらないと)  すぐに寝てしまうので結局役に立てなかったが、フクは攻撃する以外にも防御壁を生み出す能力を持っている。伯爵家への被害を食い止めるために、今激しい戦いを繰り広げ始めた彼らの横を通り過ぎると、建物や当主たちを守るための壁を作り出した。 「……お前、フクか!」 「あの、クビになっているのに今さらですが……とにかく、危ないですので!」  伯爵その人がフクに気づいた。すぐに「ここは離れましょう」と使用人たちに連れて行かれ、フクも安堵する。大きな魔獣といっても、狩られる側だ。ほどなくして動きが鈍くなり、人々に安堵の気配が広がったところで――突然、魔獣は方向転換してフクの方へと突っ込んできた。  ぴえ、と変な声しか出ない。しかし、フクが逃げてしまったら間違いなく少しの間とはいえお世話になった伯爵家はさらにボロボロとなってしまう。自分に向かって突進してくる巨大な魔獣の長く伸びた齧歯を呆然と見やったところで、突然視界が何かに覆われてしまった。力強い腕に抱き込まれて、苦しい。それから身の毛もよだつような生き物の悲鳴が上がり、張り詰めていた空気が解消される。 「……怪我はないか」  すぐ近くで――耳元で、つい先ほど聞いたばかりの声がした。 「アーサー様……?」  いつの間にか閉じてしまっていた目を開く。金の髪。それから色素の薄い灰青の瞳が、心配げにフクを見ていた。アーサーの片方の手には剣があり、大きな魔獣は――いつもの通常サイズの『ねずみ』へと戻っていて、他の犬族たちに捕らえられてビチビチとしている。 「オルグレン公爵閣下御自ら、我が家を守ってくださり、ありがとうございます!!」 「私は王都警護を預かる身として、当然のことをしたまで」  嬉し泣きをしている伯爵に見つからないよう、フクはそっと忍び足でアーサーから離れた。そのまま出て行こうとしたところで、「フク!」と聞きなれた声に呼ばれる。振り返ると、あのお金持ちになれるかもというくじをくれた使用人だった。 「お前、わざわざ来てくれたんだな。そういえば、ずっと前に渡したくじだけど――あれ、当たったかもしれん。お前に渡したの、キングの22番だったろう? 魔獣が突然やってきて、結果を確かめている途中だったから間違えていたらすまんが……なんと、一等だった!」 「あ、確かキングの22番で……えっ?!! い、一等……!!」  バッチリ当たっていたら何か美味いもの奢ってくれよと使用人がフクの背を軽く叩いた時、鋭い警笛の音が鳴り響いた。また、どこかで大きな魔獣が現れたという合図だ。 (大きな魔獣が現れるなんて滅多にないのに……)  今度はどこだろう、とフクも心配していると、情報を聞きに行っていた使用人が「おい!!」と顔を青くしながら駆け戻ってきた。
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