降り積もるな、雪

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   もう何度か先輩を家に泊めているから、部屋着も布団も用意してある。  麦茶を二つのマグカップに注いでテーブルの上へ。チェイサー代わりだ。 「お前さ、なんでモテないの?」 「なんでって、こっちが聞きたいですよ」  前の彼女と別れてもう二年か。今の会社に入ってからは、浮いた話などない。どうも、僕は女子社員からは子ども扱いを受けているようだ。カワイイとはよく言われるが、カッコいいという言葉は聞いたことがない。 「藤堂さんだって」と思わず言ってしまい、慌てて口を閉ざした。恐る恐る視線をやると、先輩は何も言わず窓の方を見ていた。  藤堂さんには彼女がいた。二年か三年か、それぐらい付き合っていた可愛い彼女。  僕も二、三回会ったことがある。  肌が白くて、細くて、モデルみたいな綺麗な人だった。いつもニコニコと笑顔で気さくな女の子。  一つだけ気になったのは、真夏でも上着を羽織っていたこと。もちろん、日焼け対策としてそうしていたところもあったのだが、実際にはそれだけが理由じゃなかった。 「……まあ、いいじゃん、俺のことは」 「……すいません」 「謝ることじゃねーって。ほらお前の番」  僕は画面に目を向けてゲームを続けた。    祐季(ゆき)さんはその名の通り、雪が好きだったそうだ。冬になって、雪が降り積もると子どものようにはしゃぎ、まだ暗い朝早くから起きて一人で雪だるまを作るほど。  両手がかじかんで、赤くなった状態で眠っていた藤堂さんの首に手をかけようとしたのだという。あまりの冷たさに驚いて、一瞬で目が覚めた先輩は上に乗ったままの祐季さんを見て恐怖を感じた。何も言わずに笑いながら彼を抱きしめた彼女は、冷たい唇を重ねた。  その異常とも思える奇行は、悪魔にでも取り憑かれているように感じたそうだ。  彼女には精神的な疾患があり、病院に通って治療を行っていたが症状は良くならなかった。 「私の中には悪魔が住んでるの」  藤堂さんにそう伝えた祐季さんは、その事実を涙ながらに話した。誰も信じてくれないの、と。  自分がおかしな行動を起こすのは、全部悪魔のせい。だから、私は何も悪くない。  目を真っ赤に腫らしながら、彼女はそう語っていたのだという。  意味もなく突然笑い出し、次の瞬間にはリストカットをする。  藤堂さんはそんな女性と三年も付き合っていたのだ。  僕が彼氏だったなら、早々に侵されて自分も精神的におかしくなっていたことだろう。  そう思うと、先輩の精神力は並大抵のものではない。
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