降り積もるな、雪

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「一週間前さ……やっぱりいいや」 「え?」 「悪い、なんでもない」  藤堂さんが言いかけた言葉が何なのか、僕にはわからなかったが、確実に言えることはいい話ではないのだろうなということだった。  今年の夏、僕は藤堂さんに誘われて食事に出かけた。その時にはもう、祐季さんとは別れて三ヶ月ぐらいが経過していただろうか。  祐季さんと付き合っていた頃よりも顔色が良くなっていた藤堂さんは、また新たな恋をしようと動き出していた。同僚からのコンパの誘いにも参加するようになって、少しずつ元気を取り戻し始めた彼の姿を見て僕も嬉しかった。  そんな折、いつもならお酒を頼むはずの藤堂さんは青ざめた顔で僕に話した。 「……祐季が、自殺した」  その言葉は本当に恐ろしくて、二、三回しか会っていない僕の頭の中に、青白くなった彼女の姿が映し出されていた。 「……飛び降り、だってさ」  背筋が寒くなって、ガヤガヤとうるさいはずの居酒屋が途端に無音になったような気がした。  僕は何も言えず、ただ藤堂さんが話す言葉を聞くことしかできなかった。 「悲しいとかよりもさ、なんか、申し訳ないっていうか。俺、結局何の力にもなれなかったんだなって」  彼が一度も見せたことがない涙を、僕はその時初めて見た。  どうして別れたのかとか、悪魔はどうなったのかとか、そんなこと聞けるわけがない。藤堂さんは十分過ぎるぐらいに彼女と向き合っていたはずだ。どれだけ振り回されても、彼女のことを想っていた。   「実はさ、たぶん、死ぬ直前、あいつ俺に電話してきたんだ」 「え」 「留守電に声が入っててさ。『雪が降り積もる日に、また会いにいくから』ってだけ言って。久しぶりにあった電話で意味もわからず、何なんだよって思ってたら、次の日に警察から連絡があってさ。彼女さんが自殺しましたって」  それを聞いたのがもう半年近く前のことだ。
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