棺に花を

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 だったら、泣くことで傷ついた心もなおるのだろうか。涙で眼に見えない傷はいやされるの? 傷跡は消えるの? 実依は声を出して泣いて、言葉に出さず問いかけた。  透明だった。微量の不純物が混ざっているはずなのに、白よりも色のない涙。私とおなじ、そう実依は感じた。  だから、とはっきりそのとき決心した。だから、おじいちゃんはたくさん、たくさん、色とりどりのお花で包んであげよう。せめて色のない空白を色彩ゆたかに、きれいに。  せまい、薄暗い、すごく窮屈な空間に身を横たえ縮こまらせている大切な人を、ただおなじようにそばに寄り添って何もしないのではなしに今度は、からっぽの余白をカラフルに埋めて。  そして──そして、今度はけっしてひとりぼっちにはしない。ぜったい、死んだことを無駄にしない。理不尽すぎる。ひどい、ひどすぎる。あのままじゃ救われない。ゆるせない。あんな、せまい、暗い、息苦しいとこにおしこめられて、閉じこめられて。結局、あのまま終わってしまったら、この世に生まれたことが、生きていたことが無意味になってしまう。全部、何もかもが、無に。  実依は決心した。何か、それで何か具体的に計画して実行したことはたしかだった。棺のなかで眠るおじいちゃんのまわりに、そこらじゅうにあった花をかき集め、きれいにしきつめていった。そこから何か、きっと何かしたのだがそこからの記憶が実依にはない。なくした、その欠落感、喪失感だけ。ぽっかり穴があいたみたいに、あるいは頑丈な箱に封じこめたはずなのに蓋をあけたら消失していたように。
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