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この日は土曜日で、全校で防災設備の点検が行われるため、午前で授業は終わった。部活動もできず、ホームルームが終わったら全生徒は下校しなければならない。そんなタイミングでお母さんからメールが来た。
『お米のパン粉ってわかる? 200グラムのやつ買ってきて!』
米なのかパンなのか。曖昧な存在のくせに、プロの料理研究家から求められているなんて面白い。どこにでも売っているものなのだろうか。スマホで検索してみると、グルテンフリーを望む声に応えるかたちで生まれたパン粉で、米粉を使っているのが「お米のパン粉」なのだそうだ。
『コンビニには寄れるけど、売ってなかったらあきらめて』
返信すると、今度は電話がかかってきた。
「これから始める生配信で使いたいのよ。買い物してたら間に合わないもん」
「もん、て言われても……。普通のパン粉にしたら?」
「グルテンフリーとかロカボとか、インドの人にウケがいいのよね。わかるでしょ?」
ごまをすっておきたいということか。点数稼ぎのために小間使いされるのは癪だし、探し回るのも面倒だ。せっかく午前授業なのだからのんびり帰ろうと思ったのに。「えー」とか「んー」とか煮えきらない声を発していたら、お母さんのボリュームが上がった。
「お願いお願い」
これは完全に私のペースだ。「じゃあ、いっこワガママ聞いてくれる?」
「また欲しい物があるの? ……いいわ、聞く聞く。だからお願いね!」
詰め将棋を解いた気分でにやりとしながら、買って帰ることを伝えた。
大きめのスーパーでなければ、お米のパン粉は扱っていないかもしれない。コンビニで売っていたらいいな、と考えていたら、コンビニでバイトしている祥太の姿をとらえた。生徒用玄関で上履きを履き替えているところだった。
顔を合わせるわけにはいかない、と反射的に壁の陰に隠れる。メモの正体が判明したら、今まで通りに接することはできないかもしれない。だから今のうちから、なるべく距離をとっておこうと思う。どう考えてもあのメモはネガティブなものだろうから。
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