1人が本棚に入れています
本棚に追加
2
マンションのエレベーターで3階に降り立った瞬間、空気にスパイシーな粒子を感じた。カレーだ。香辛料の中にココナッツミルクの甘ったるさもあるので、グリーンカレーかな。自宅のドアを開けると、香りたちの主張が一段と増した。間違いない。
キッチンの様子をこっそり覗くと、お母さんは盛り付けの真っ最中。お皿によそったご飯が、グリーンの「かけ湯」で浸されてゆく。
「ほら、パプリカやトマトを入れると、差し色になって鮮やかでしょう?」
スタンドに固定したスマホへしゃべりかけている。お母さんは料理研究家で、最近は動画配信も始めていた。オリジナルレシピの電子書籍がちょっと話題になったりしていて、配信の登録者も増えているらしい。
配信の邪魔にならないよう、音を立てずに自分の部屋へ入ろうとすると、「冴良、おかえり」と声をかけられた。
「ただいま。配信終わったの?」
「ちょうどね。インドの人から投げ銭されちゃった」
「グリーンカレーはタイの料理だけど」
「そうだっけ? まぁいいじゃない」
国籍はともかく、カレーの本場から称賛されるお母さん。すごいな。
「食べる?」
「んー、夕飯でいいよ」
「えー、ちょっと食べてみてよ」
「夕飯、食べられなくなっちゃうじゃん」
「味見味見。ね?」
夕飯に響くからおやつは控えなさい。一般的な家庭ではそんな注意がなされていると最近知った。着替えてくるから、と言うと、お母さんはキッチンに戻っていった。
料理研究家とは、どれだけの収入がある職業なのだろう。書籍の売り上げや、たまに開催する料理教室、そして配信の報酬もあったりする。積極的に知りたいと思えないナイーブな話題だけど、養ってもらっている身としては気になる。そしてふと、クイズで収入を得る職業はあるのかなと疑問もわいた。
クイズに取り組む未来に、プロという道があるのかはわからない。でも、「好き」がずっと続けばいいなと思う。スウェットに着替え、キッチンに行く前にお父さんの本棚がある書斎に立ち寄った。
最初のコメントを投稿しよう!