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 ココナッツの香りは感じるのに、味として感じるのは香辛料の苦みばかり。人間の味覚はネガティブな味を先に感知するということを何かで読み、クイズで出題したことがあった。今の私はお父さんのメモのことで頭がいっぱいで、グリーンカレーを堪能する余裕がない。 「新しいナンプラー使ってみたの。どう?」 「うん、おいしい」 「……そう。……よかった」  何かを察知したようで、お母さんは言葉を続けなかった。 「昔からカレーは得意だったの?」 「昔? そうね、好きなメニューだから」 「お父さんにもよく作った?」  それとなくお父さんの話題にスライドしてみたが、お母さんはすぐに返事をしない。お皿から顔を上げると、不意に目が合った。 「どうしてそんなこと聞くの」 「どうしてって……、単純に気になったから。男の人って、彼女の手料理に喜ぶっていうし」 「あんまり覚えてないなあ。好き嫌いがない人だったし、喜んでたかどうだか」  お母さんはそう言いながら席を立ち、流しで洗い物を始めてしまった。  お父さんの話題を、お母さんは嫌がる。避ける。私が生まれる前に亡くなっちゃったから、お父さんがどんな人だったのかはわからない。夫婦仲のことはもっとよくわからない。メモについてお母さんは何か知っていないか聞こうと思ったが、素直に話してはくれなそうだった。
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