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そんな話をしていた時、大成のスマホが鳴り出した。こんな夜更けにかけてくるのは彼女だろう…… という予想通り、大成は上目遣いで「わりィ……」と言い残して部屋から出ていった。相手は同じ職場の1個年上の調理師。色白の黒目がちの可愛い子だ。
一人残された春太は宙を見上げて溜息を漏らした。
――― 早いとこ新しい部屋を見つけないと
大成は大事な幼馴染で親友。そんな彼に自分の性癖が知れたのは3年前。同級生、しかも同性との恋愛が双方の親に知られて騒動になった時、大成に告白した。「噂が耳に届く前に自分の口から説明したかった」そう春太が詫びると、驚きつつも理解してくれた。そんな懐の深さに甘えてばかりいるわけにはいかない春太はごろんと横になると、スマホをタップして賃貸情報のサイトを眺めた。
理想は職場から近いワンルーム。賃料は4万円以下。築年数は少なければ少ない方がいい…… と、スクロールしていた時である。ブルブルとバイブしたかと思うと、画面にL〇NEの通知メッセージが表示される。
智也:おやすみ
その文字を見るなり、春太は二度目のため息を漏らした。
智也――― それは別れた恋人の、忘れたくても心と体に刻み込まれた名前だ。
彼との出会いは、高校に入学してすぐ。クラスの中に見知った苗字を見つけた春太が声をかけたのが始まりだった。
「もしかして、櫨山病院の息子さん?」
「そうだけど?」と、怪訝そうな表情に戸惑いつつ、春太は勇気を出した。
「うちの父親から『院長先生にお前と同い年の息子さんがいる』って聞いてたけど、櫨山君だったんだ」
智也は春太の名札をじっと見つめると「佐藤……」と言ったきり首を傾げた。どうやら彼の記憶にその二文字はなかったようで、『そりゃそうだ。職員なんて数えきれないほどいるんだし』と苦笑いしながら自己紹介した。
「俺の親、君んとこの病院で働いてるんだ」
「え、そうなの。何科の先生?」
「ええっと…… 医者じゃないよ」
「じゃあ、看護師さん? 検査技師さん? それとも事務の人?」
「理容師なんだ」
そう、春太の両親は院内にある理髪店で働いていた。客は主に入院患者だが職員もいて、その中に院長もいた。
「【理容 陽だまり】さんかぁ。親父がお世話になってます」
そう言った時の智也の表情に屈託がなかったため、春太は胸を撫でおろした。医者の息子と理髪店の息子。しかも雇用者と被雇用者という関係に隔たりを感じていたため、この言葉に救われた気がした。
「【陽だまりさん】とこの息子さんと おんなじ高校だったって言ったら、父さん驚くだろうな」
「うちこそ。『粗相のないように』って、うるさく言われそう」
「親父にL〇NE送るから写真撮ろ?」
そして、智也はポケットからスマホを取り出すと春太の隣に並び、顔を寄せるとシャッターを押した。この一連の行動に、春太の心臓は早鐘のように打ち始める。男と至近距離、それもツーショットなんて初めてだった。しかも、智也の制服から柔軟剤のいい香りが漂ってきて胸の高鳴りを抑えることができない。
そしてそれ以後、彼を意識し、恋心へと繋がっていったのだった。
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