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今働いているパチンコ屋に来るまで、行真は日本料理の店で働いていた。 調理師の専門学校を卒業してから3年間。 その時働いていた店で、自分とクロは出会ったのだと、クロが話すのをぼんやりと聞いていた。 「ゆくまは突然あのお店に来なくなった。僕はずっとずっとゆくまを待って、会いたくて、探して探して……ずっと探してたんだよ」 少しずつ、記憶が甦る。 料理屋が数件並ぶ大きな通りだったから、野良猫も多くて、ゴミ箱を荒らす彼らと店の人間の仁義なき闘いみたいになっていた。 ふてぶてしい猫から百戦錬磨のボス猫みたいなのまで、様々な猛者がいたが、その中で明らかに弱々しい、トロい小さな黒猫がいたことを思い出した。 愛らしい顔の、エメラルドグリーンの瞳をした黒猫だった。 エサにうまくありつけているのか、こっちが心配になりそうなほどちびっこいその猫に、ついこっそりと余った魚なんかをあげてやったりしたものだったが━━ いや、それが目の前のクロです、と言われても、はいそうかと頷く訳にはいかない。 「……」 戸惑いを全面に出して顔をしかめる行真の胸に、寄りかかったままのクロは静かに頬を寄せた。 「……人間は自分の中の常識を超える出来事を理解することが、とても苦手な生き物だからって」 ……確かにそうかもしれない。 「だから、『かみさま』が僕を人間の形にする時に、僕の正体がゆくまにバレたら、きっと追い出されてしまうよって……」 「はい、ちょっと待って。一旦ストップ」 両目にまた涙を溜め始めるクロに、行真のストップがかかった。 「……う?」 「えーー……と、突っ込みたいとこは色々あるんだけど……」 「うん……?」 「『かみさま』って何? その人?がクロを人間にしたの?」 「うん。『かみさま』は800年生きてる猫だから、だいたいのことは何でも出来るって言ってた」 「……はぁ……」 おそらく、クロが最初に溢した流暢な台詞は、そのかみさまとやらのものなのだろう。 仮にクロの言っていることが全部本当だとしても、ぶっ飛びすぎていて理解の範疇なんか全力で振り切っている。 ちょっと頭のネジが緩んだ、思い込みが激しめの危ない人物なのか? いや、例えそうであったとしても、それじゃこの頭の上でぴこぴこと動く耳と、スウェットから窮屈そうにはみ出している長いしっぽの説明が付かない。 身体の大きさなんかは人間のクロのままで、ほっぺや顔に髭や猫の毛はなんかは生えていない。 本当に、絶妙に、あの美しいクロのままで、オプションのように猫耳としっぽが文字通り『生えている』、のだ。
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