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「ん? 出来るよ、見ててね」
クロがすっ、と目を閉じると魔法のように耳もしっぽも目の前から消えてしまう。
「……すげー……」
段々とこの非現実的な何かを受け入れている自分がいた。だって、クロが乗っかっている身体の上に感じるのは、確かに存在しているものの重みと温かさなのだ。
何か別の生き物のもふもふとした耳が消えてしまった場所をさらさらと撫でれば、それはそれで心地よさそうにクロは瞳を閉じた。
「ぅわっ!?」
撫で続けていた場所にふいにまた、柔らかな毛に覆われた耳がぴょこん、と姿を顕す。どうやら、気持ちが緩んだり、逆に感情が高ぶっている時には、本人の意思とは関係なく飛び出してくるらしい。
「……この耳とかしっぽとか、仕舞ってない方がクロの自然体なのか?」
「うん、多分。 寝てるときとか気付いたら飛び出してることもあるから」
「……」
クロがここに滞在し始めてから、部屋数もないので行真は自分の寝室、クロはリビングに布団を敷いて寝るようにしていた。基本朝が弱いらしいクロは、行真が起きてきてもご飯が出来るまで布団の中に潜り込んでいることが多かった。
……まさかそこに実はこんな耳やらしっぽやらが生えていたかもしれないなんて、想像がつくはずもない。
「俺の前では隠さなくてもいいけど、それ、他の人間の前では出すなよ」
「!? いいの!? しっぽも耳も出してていいの!? ゆくま、嫌じゃないの?」
「嫌じゃないかって……」
むしろなんだか変な萌えを刺激されて堪らない、とは言えなかった。
いくら綺麗な顔をしていても、正体は猫で、耳もしっぽも生えていてそれを自在に出したり引いたり出来るとか。
そんな謎の生き物にこんなに心惹かれているなんて、なかなか口に出せたものではない。
「まぁ、平気……」
平気どころかさっきから身体の中心に集まっていく熱を隠すのに必死だった。
こんな時にこんなクロに反応しているなんて、クロが謎の生き物だというなら自分はまごうことなき変態だ。
身体の上に乗っかったままのクロから少し腰を引いて距離を取る。
そろりと身体を引いたのがクロの気に障ったのか、不安げな表情を浮かべたクロが行真の首の後ろをがっちりとホールドし、ぐっと身体をさらに引き寄せた。
「なんで離れるの?」
「いや、なんか近いかな……って……」
取り繕うように言ってはみるが、不安げなクロはますますその綺麗な顔を行真の顔に近付ける。
「嫌だ。離れないで」
「や、でもいつまでもこの態勢でいる訳には……。片付けもあるし……」
テーブルの上には殆ど食べ終わった夕食の食器類なんかが散らかったままだ。
それを気にする体で身体を起こそうとすれば、またもやぐいっと身体を押し返され、そのまま押し倒されてしまった。
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