番外

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※本編後未来if。隆一24歳×昴20歳 隆一が家を出た。 4年前、俺が「迎えに行くから」と言ったせいか就職するにあたり家から通えるところを、と優秀な成績を遺憾なく発揮した彼は見事自分の望む通りに就職した。さぞ周囲の羨む順風満帆な社会生活をスタートすることだったろう。 問題は、いざ蓋を開けてみたら求人票の記載と実際の業務内容が一部異なっていた点に尽きる。 転勤なしと書かれた紙を信用し、入社した先で転勤を言い渡されたと絶望の顔つきで報告に来た隆一を見たとき、正直もっと別の心配をしたものだ。出勤したら職場が差し押さえられていたとか、そもそも住所自体が架空のものだったとか。 しかし、これもいい機会ではあるだろう。なにせ俺は大学入学を機に2年前から一人暮らしを始めているし、隆一は長期休みの折に帰省しない俺に代わって俺のところに入り浸っている。 「大人になったら隆一のこと迎えに行く」「頑張るから」と言った手前、俺は本当に4年間会うつもりはなかったのだ。問題は隆一に俺の考えを尊重したり、同意する気が全くなかっただけで。お陰で呼んでもないのに長期休暇どころか、暇を見つけては週末にまで顔見に来る始末。顔を合わせるたびに「背が伸びたか」と言うのはやめてほしい。成長期じゃあるまいし1ヶ月で目視できるほど身長は伸びないし、そもそも伸び悩んだ身長は高校で止まってる。 そんな苦い思いをするのも、今日までの話だ。就職して、それも新生活と共に一人暮らしを始めるともなればそこまで弟に時間は割けないはず。 ──そう思っていた俺が甘かった。俺が言うのもなんだが、こいつはやると言ったことはやる男だし、テコでも動かない頑固者なのだ。 「挨拶の蕎麦だ」 「なんっ……で、隣に引っ越してきた?」 春先は引っ越しシーズンだ。先月までは入居者の居たアパートの隣室が空になったのは知っていた。そこを埋める入居者の存在は昨晩見かけた引越しのトラックで知った。 まさか越してくるのが兄だとは思わないだろう。 「母さんは止めなかったのかよ」 「社会人になってまで両親に引越しの許可が要るか? ここは保証人不要だったしな」 「……伊吹さんは何て?」 「どうしてそこで加美山の名前が出てくる」 むっとした隆一の表情を前にして、何も言わずに行動したのだなと悟る。……まあ、何を言っても変わらないだろう。こいつの有言実行っぷりは推して知るべしというものだ。伊吹さんなら上手いこと怒らせずに諭すことができるかもしれないが、生憎と俺の舌はそんなに上手く回るほうじゃない。 諦観の滲むため息を吐き出し、玄関先でいつまでも引越し蕎麦の入った箱を差し出す隆一を放って踵を返す。1年目の夏休みと冬休み、2年目のゴールデンウィーク盆年末年始と、合わせて5回は泊まりも込みで訪れている部屋を前にしていつまでも上がる様子がない。仕方なしに「……上がれば」と声を掛ける。いそいそと靴を脱ぐ気配を感じた。 コップに麦茶を注ぐ。一つは普段使いの自分用で、もう一つは隆一用に用意してある色違いだ。ちなみに本人には隆一専用だと伝えていない。本人は客用だと思っているだろう。 「赴任先、ここから通える距離? この近く繁華街しかないじゃん」 「5駅先だ」 自信満々に答えているが、流石に気まずく感じているのかしれっと目を逸らされる。確かにここは学生向けアパートで比較的安いが、5駅先でも似た物件はあるのだからわざわざここを選ぶ理由にはならない。それも地価の高い首都圏でもないのに、わざわざ赴任先に選ぶのが5駅先は遠すぎるだろ。 「あのさあ、何で行動するより先に相談しないの?」 「あいつの真似か? 加美山みたいなことを言うな」 言われてんじゃねえか。同級生に説教を受けるな。 しかし、確かにろくに喋りもしないのに電話をしてくる傍迷惑で寡黙な実兄より、伊吹さんのほうが会話が続くし何かとお世話になってる節はある。それを懇切丁寧に説明しながら「口調が移ったのかもね」と言えば、隆一は目に見えて不機嫌になった。相変わらずわかりやすくて、俺の言葉で機嫌を左右されるところに安心と可愛さを覚えてしまう。 しかし、俺としても今回は甘い顔をしてられない。 「ここのアパート、2年契約なんだけど」 「……?」 「更新するより先に一言くれて、隆一が行動する前だったら、別にここ引き払って一緒に住んでもよかっただろ」 俺が家を出たかったのは兄と顔を合わせることなく大人になって、見間違えるほど格好良くなって迎えに行きたかったからだ。我ながら子供じみてる。けれど、俺はそれを本気でやろうと思ったし事実卒業して引っ越しまでは有言実行できたのだ。問題は隆一に協力する気が一切なかっただけで。 既に計画は破綻している。俺としては、計画が破綻して尚意地を張って会わないでいるより毎日顔を合わせられるほうがいい。 「……俺と暮らすのが嫌なんじゃなかったのか?」 「なにそれ、どうしてそう解釈した?」 首を傾げたあと、少し考えてもしかして原因は俺なのかと思い至る。そういえば、きちんと言葉にしていなかった気もする。不言実行の兄はたびたび報連相を怠る気質ではあるが、それの弟である俺も言葉足らずという点では同じなのかもしれない。 「どうなんだ。嫌じゃないのか?」 焦れるように言葉を繰り返して問う隆一を一瞥し、注いだ麦茶で唇を湿らせる。「嫌な訳ないだろ」と答えれば、隆一は目に見えて安堵したようにか細くため息を吐き出した。そのリラックスした様子を邪魔するようにわざと「ああ、でも」とほんの少し声を大きくする。 注意がこちらに向いたところで距離を詰めた。元々狭いアパートの部屋の中だから、向かい合って座れば身を乗り出すだけですぐ身体がぶつかる位置にある。 押し倒すつもりで肩を押したがびくともしない。元々簡単に押し倒せる期待はしていなかったから、代わりに肩に置いた手を重心にして自分の身体を寄せた。ここまで拒絶や抵抗をされていないのを頭の片隅で意識する。向かい合うと目が合った。何を考えているのか読めない瞳だ。 ちゅ、と唇を落とす。今度は昔みたいに頬ではなくて、無防備な唇に。 相変わらず何をされたのかわからないのか、きょとんとした瞳がこちらに向けられた。 「こういうことしたくなるから。隆一が嫌じゃないならいいよ」 隆一が無言のまま固まる。俺の言葉と行動の意味を咀嚼するのに時間を要したようだが、やがて何か納得したかのようにはっきりした声で「そうか」と答えた。 「……隆一、その返事するとき何も理解してないときだろ」 「俺は無責任な言動は控えている。わからないまま返事はしない」 「じゃあ何考えて納得したか説明できる?」 「昴が何をしようと何を言おうと、俺と暮らすのに異論がないなら俺にも問題はないということだ」 つまりフリーズして考え込んでいる間に俺の行動と発言は無かったことにされたと。 まるで煙に巻いたような答え。これを素でやっているのだから本当に質が悪い。 「…………はぁーーー! 伝わんねえーー!!」 「どうした昴、あまり大声を出すと近所迷惑だろう」 何を見て学習したのか、俺より一人暮らし歴が先輩の伊吹さんが教えてくれたのか、実家暮らしで生きてきたくせにちゃっかり兄ムーブをかましてくる隆一を前に頭を抱える。 家族ごっこはもう終わりだ。ごろごろと硬いフローリングの上で悶えながら、絶対に俺のことを男として意識させると心に決めたのだった。

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