初夏、夕立とバス停の先駆

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「そのね、ワンシーンだけ切り取れば、いい雰囲気なんだよ」  バス停のベンチ、隣に座る男は、零すように突然話し出した。雨を遮るバス停の屋根の端から、雨粒がぽたぽたと零れ落ちる。どう返していいか分からず言葉を選んでいると、男が続けた。 「例えば、さっき高校生が、通学カバンを頭に、走り去って行ったよね」  そうだったかな。分からない振りをして小首を傾げてみたが、嘘だった。あれは、自分の高校の同級生だ。話したことはないが、一方的に知っている。 「すごく楽しそうだったね。突然の夕立に、参ったよな、なんて困ったふうなことを言いながらも、顔はほとばしる笑顔で。あの瞬間だけ切り取れば、これぞ青春って感じで、すごく美しい感じがするよね」  はあ。生返事をしたつもりだったが、声は出なかった。そして、そんな自分に赤面する。こんな見ず知らずの人にさえ、相槌ひとつ打てないのか。  そもそも、この男は誰なのか。雨の中、バス停で待っていると、気づいたらこの男が隣にいた。雨に濡れながらも音も立てず、まるで最初からそこにいたかのように、涼しい顔をしていた。 「でもね、人生は写真じゃない。どちらかと言えば映像なんだ。瞬間じゃなくて、連続なんだ。だから、彼らの連続に想いを馳せる。すると、決して美しさだけでは語れない」  男は髪を掻き上げた。黒く艶やかな髪から雫が落ちる。そのとき初めて男の顔を見たが、その様子はまさに、水も滴る、といった具合であった。少なくとも、見ず知らずの高校生に話しかける不審者には見えない。 「きっと彼らは、今朝の天気予報を見なかった。それは何故か。寝坊したか、もしくは毎朝の習慣でぎりぎりまで寝ていたのか。朝食も食べていないかもしれない。ぎりぎりの時間に家を出て、ひいひい言いながら汗だくで通学路を走ったのかもしれない。あるいは、彼らの母親からは言われたのかもしれない。今日は雨が降るから、傘を持って行きなさい、って。でもそこは反抗期、うるせえババア、なんて反発して出てきたのかもしれない。そんな美しくない瞬間が積もって、あのザ・青春、と言った瞬間が生まれたのかもしれないね」  雨の音に負けず、けれど春の日の川のせせらぎのように穏やかに、すらすらと言葉を紡いだ男の顔は、慈愛に満ちていた。
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