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昨日、相棒が死んだ。
任務中、逃げ遅れたのだろうガキを庇って死んだ。
瓦礫に内蔵を押し潰され、その時点で手遅れだった。
覆うようにして守っていたガキは無事だった。
だがそのガキもスラム街を彷徨う孤児のひとりだろう。
運良く裕福な大人に拾われるかしない限り、そう長生きもできない。
あいつもそれは分かっていただろうが、分かった上で命を投げ打った。
ドのつく善人で、いつも綺麗事ばかり吐きやがる。
善人は嫌いだ。
何の躊躇もなく、信じた道を勝手に突き進んでいってしまう。
振り回されるのはいつだって此方だ。
死ぬことは別に珍しいことじゃない。
この世の中、死とは隣り合わせ。
だから誰かが死んだからと言って、一々感傷に浸っている暇などないのだ。
そんなことをすれば、次は自分が死ぬことになる。
そう、よく分かっている。
分かっているのだ。
「……クソッ」
つなぎのポケットに両手を突っ込み、彼──陸兎は心底忌々しそうに悪態を吐いた。
彼に苗字はない。
彼だけではなく、この世界では殆どの者が苗字を持つことはない。
持つのは限られた上流階級の者のみだ。
この世界には全部で12のエリアがある。
陸兎の暮らすエリアは第6エリア。
その中で上流階級が住むのは北地区と決まっていた。
その地区は唯一整備の整った清潔で美しい街なのだと聞く。
もちろん陸兎は足を運んだことはない。
陸兎の住まう場所は西地区。
4つに区分される中でもっとも治安の悪い場所だった。
殺人、犯罪は当たり前。
それを裁く術さえ存在せず、まず裁こうという考えさえも持ち得ない。
いつ生き絶えてもおかしくない。
そんな所だ。
まぁ北地区が清潔だの美しいだのと言っても、そんなものは表面上だけで中身は他と似たようなものなのだろう。
そう確信できるほどに、もうこの世界は腐りきっている。
根っこの部分まで、余すことなく。
「……ん?」
その時、ふと見遣った路地裏に意識がいった。
暗闇の中に見えた人影。
その小さな塊は、地面に倒れ伏して動かない。
誰かが倒れ込んでいることなんて、よくあることだ。
家を持たない人間が道端で寝ていたり、弱りきって立ち上がることさえできなくなった者が転がっていたり。
特にこれからの季節、冬になるとその数は増えていく。
凍てつく寒さに耐えられず、冬を越せない者が多いのだ。
だから路地裏で倒れ伏した人間を見るのは、別段珍しいことではない。
それなのに何故か、陸兎の足は止まっていた。
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