第三章

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コイツは何を言っているのかと訝しく思っていると、相手は立ち上がり先ほど入ってきた扉を開いた。 するといつの間にいたのか、待機していた中年の男へと声をかける。 頷いた男がチラリと此方を見遣り笑みを浮かべた気がした。 その視線にどこか既視感を覚え、蓮華は体を強張らせる。 全身がこれ以上は危険だと警告するが、すぐに増援を呼ぶことも出来ない現状、今逃げ出せば相手に猶予を与えることになる。 蓮華が通報することを恐れ、何人かは逃亡するだろう。 司祭などは最優先で姿を眩ますはずだ。 そんな真似は決してさせない。一人残らず捕まえる。 だから今は、ここで耐えなければならない。 「蓮華くん、此方へいらっしゃい。さっき言っていた2つ目の検査だ」 *** 「こうなったら構ってられねぇ、無理やり車を確保すっぞ!」 「……そう、ですね。後で秀さんにどやされるのは怖いですけど、仕方ありません!」 誘拐された子供の一部は遺体で発見されているが、見目麗しい者は生かされている。 蓮華の容姿となれば殺されることはないだろう。 しかし、安全とは到底言い難い。 「あっ、来ました!」 声を上げた小雨に、陸兎は我に返る。 どうやらかなり動揺しているようだ。 落ち着けと自分に言い聞かせるように、拳で胸を叩く。 そう、自分は動揺している。 何故だろうか、蓮華が攫われたから? 『……初めてだ。お前が、俺の名前呼んだの』 何故か数日前の記憶が蘇った。 あの時アイツは、いつもの冷めた表情を忘れ、年相応の無防備な顔をしていた。 どこかあどけなく、そして悲しげな双眸に、一瞬言葉が詰まった。 分厚く覆い隠された内側、蓮華の根幹に触れてしまったような気がしたのだ。 それは今にも消えてしまいそうな儚く不安定な者で、しかしそれが蓮華の本来の心なのだと悟った。 こんな世界では覆い隠し、偽らなければならなかった、清純な心。 「ばっきゃろー!危ねぇじゃねーか!」 クラクションと共にオヤジの怒声が聞こえる。 無理やり車の前に割り込んだ小雨に、慌てて急停車したのだ。 小雨はいつもおどおどしているくせに、こういうところは大胆だ。 「おっちゃん!その車乗せてくれ!」 声を上げ、陸兎は車に走り寄る。 急がなくては。 頭に浮かぶのはずっと、あの儚く脆い蓮華の姿だった。
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