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病院からの帰路の中、私はフロントガラスを打ち始めた雨を眺めていた。
「降り出す前に車に乗り込めて良かったな」
「……ん」
忙しなく動くワイパーのように加速して、私の心はどんどんと冷えていく。
車を車庫に入れ、夫は私に告げた。
「悪い、傘を持って出なかった。少しの間、待っていてくれ」
雨の中、先に車を出ようとする夫の袖を引いた。
「仕方が無いから、そうやって気遣ってくれているの?」
「何言って――」
私はハラハラと涙する目を吊り上げた。
今度は折れない。
母親は強いのよ?
「この子はA型で間違いないもの。私とあなたの子なら、そうでしょう?」
夫は私が気付いたことを察したのだろう。
苦々しく顔を歪めた。
「何を疑って血液型を調べるの?その時は、私を失う覚悟をして」
初めての脅しは、夫を失う覚悟をすることだった。
この期に及んでなの?
まだ信じて貰えていなかったの?
私は悔しくって、悲しくって、それに寂しくってならなかった。
「誤解するなよ。不貞を疑ってなんていない。最初から……疑ってなんていなかったんだ」
夫は少しばかりカサついた親指で、私の涙をそっと拭う。
でも、もうそんな仕草に騙されない。
私は心底怒っているのだ。
「嘘つき」
「嘘じゃない。本当に俺の子と思えないくらいに、ふっと現れたじゃないか」
まぁ、確かに。
急に降って湧いたかのようにお腹に出来た。
私だって驚いたし、信じられなかったくらいだ。
「あの時は――宇宙人みたいに思えたんだよ」
「馬鹿だろ?」と、夫ははにかんで笑った。
「そ、そんなことって……」
呆れるしかない。
でも、それでも、私の一番好きな顔で夫が笑うから、私までもが次第に笑ってしまった。夫のそれは、素直に信じてしまえる笑みだったのだ。
「でも、だったらどうしてなの?」
「俺の母親だよ、俺が不貞を疑っているのは……」
「お義母様?」
「俺の弟はB型。ならBBの筈。で、弟の嫁さんは紀子と同じでO型。なら、産まれてくるのは必ずB型。なのに、産まれてきた息子はO型だった」
お嫁さん――由紀子さんに不貞が無いのであれば、お姑にも関わる話だ。
「あんなに弟に似ていて、由紀子さんって可能性はゼロだ」
確かに息子さんは弟さんにそっくりである。
「知ったところで、今更だ。女の秘密なんて藪蛇を突っつくようなもんだよな」
夫は苦く笑う。
「昔の判定だもの。端から間違いがあったとは?」
無くもない可能性を上げる。
「弱いけどな……」
夫もそう思いたくて、この子の血液型にこだわったのだと私はようやっと理解した。
「父親は俺だよ、間違いなくね」
言葉通りの顔で、夫は愛らしく眠る我が子を見つめていた。
――Fin.
続、『良妻賢母の勧め』(夫編)で真相が明らかに……。
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