「良妻賢母の勧め(妻編)」

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 とっくに諦めていたことが、降って湧いたかのように叶ってしまった。 「神頼みもしていなかったのに……」 ――ふふっ、へんなの。 愛おしさが込み上げ、私は未だ膨らんでもいない胎を撫でていた。 夫も驚くとは思っていた。そして、絶対に喜ぶものだと。 そう信じて疑わなかった。 なのに、こんな事態は想定外だった。 「――」 私は一瞬、頭が真っ白になった。 何を言われたのか理解できないほどに。 頭が真っ白になって、それで……。 次には喉をひくつかせていた。 「……それ、本気で言ってるの?」 絞り出した声は掠れていた。 「だ、だって、そうだろう?そう思うのが普通だ」 夫は慌てて弁明する。 「、なんだ」 夫にはどれだけ普通とやらが私とは違うのだろうか? 「普通は、妻が誰か他の男とそうなるものなの?」 「いや、誰もそんなことは言ってない」 「言っているじゃない!『本当に俺の子なのか?』って、そういうことでしょう?」 信じられない。 信じられない。 信じられない。  私は立ち眩みを覚えたかのように、目の前がチカチカして身体をふらつかせてしまう。 「おい、大丈夫か?」 大丈夫な筈ない。 「それも、普通なの?」 「え?」 「こういう時、普通でいるのが妻の普通?」 額を押えて、私は気持ちの悪さから蹲った。 「おい、大丈夫なのか?」 夫は蒼褪めて、狼狽えるばかりだ。 悔しくて、涙が零れる。 「本当に要らなかったのね……。この子」 私は諦めたフリだったけれど、夫は本当に男の沽券とやらが余程大事で、どうでも良かったのだ。 もう、目を開けていることは出来なかった。 夫の何もかもを私の中から締め出したくて、私は視界に入れることさえ無意識に拒んでいた。 遠く、夫の私の名を呼ぶ声が聞こえていた。 ――呼ばないで、もう私の名前もあなたに呼ばせたくない。 痛切に叫んだのは胸の内だけで、私はもう息をすることも出来なかった。
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