50人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「紀子さん、大丈夫?」
目が覚めたらお姑が心配げに私を覗き込んでいた。
「お義母様……」
「あなた、過呼吸を起こして倒れたのよ」
私は私に伸ばされたお姑の手を握って、実の娘のように泣きじゃくってしまっていた。
トン、トン、と肩を叩いてお姑はあやしてくれた。
「昔ね、こんな風にあの子にも唄っていたの。子守歌」
赤子のように甘やかされて、私は少し落ち着いた。
「ごめんなさいね、うちの愚息が酷いことを言って」
ふふふと、何故か場違いに目じりを下げて、お姑は笑みを零す。
「ごめんなさい。何だか嬉しくて」
嬉しい?
「駄目ね、あなたがこんなに傷付いているっていうのに、何だか愛おしくって、娘みたいに思ってしまったの。あ、とっくに義娘なのだけれどね」
お茶目な笑みを見せられて、私もつられてクスリと微笑んだ。
「本当に馬鹿息子なんだけれどね、男なんてどれもこれも――三十五億人だったかしら?多分、妻の前ではどれも馬鹿タレなものだから許してあげてね」
あっさりと許しを乞うお姑に私は頷けなかった。
「だって、不貞を疑われたままなんて……絶対にイヤです。」
「ふふっ、疑ってないわよ多分」
いえ、はっきりと疑われましたからと、私は目を眇めた。
「多分、その子に嫉妬しただけよ」
私の腹に指をさし、これまた無茶なことを言う。
「馬鹿だから、本能的に自分以外のものに対して妬っかむものなのよ、雄はね。認めたくないの。意地悪の一つや二つ言っちゃうものなのよ」
嘘だ。
お姑なりの慰めにしか、私には聞こえなかった。
「案外外れてないわよ。でも、そうね。此処はそう思うことにしてしまいましょう」
きっぱりと断定されてしまう。
「ぐすっ……でも……あんまりです」
お姑にまで突き放された気持ちになってしまう。
「そうね。でも、あなたはもう母親なのだから、それくらいは出来なくっちゃね」
優しい眼差しだったお姑は少しばかり眦を引き締めた。
お姑の言葉にハッとする。
「子を守れない母親なんて、女の沽券にかかわることよ。愚息は馬鹿なことを言ったけれど、言葉なんて軽いものでへこたれている場合では無いの。妻ならば、毅然として示さなければ。夫は示されないと、いつまで経っても父親になれないものなのよ」
目から鱗のお姑からの激励は凄まじく、私は涙を拭う。
そうだ。
そうだった。
こんなことでへこたれている場合では無いと、布団から起き上がって居を正した。
胎の子を守れるのは私だけだ。
「はい。私、夫に父親としての責任を果たしていただきます」
よくできましたと、お姑はにっこり笑った。
いつもの頼りになる、母親の笑みだった。
「紀子さんは私の見立て通り、やっぱり良妻賢母の素質があるわよ」
太鼓判を押して、またしても私を支持してくれたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!