「良妻賢母の勧め(妻編)」

3/8
50人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「紀子さん、大丈夫?」 目が覚めたらお姑が心配げに私を覗き込んでいた。 「お義母様……」 「あなた、過呼吸を起こして倒れたのよ」 私は私に伸ばされたお姑の手を握って、実の娘のように泣きじゃくってしまっていた。 トン、トン、と肩を叩いてお姑はあやしてくれた。 「昔ね、こんな風にあの子にも唄っていたの。子守歌」 赤子のように甘やかされて、私は少し落ち着いた。 「ごめんなさいね、うちの愚息が酷いことを言って」 ふふふと、何故か場違いに目じりを下げて、お姑は笑みを零す。 「ごめんなさい。何だか嬉しくて」 嬉しい? 「駄目ね、あなたがこんなに傷付いているっていうのに、何だか愛おしくって、娘みたいに思ってしまったの。あ、とっくに義娘(むすめ)なのだけれどね」 お茶目な笑みを見せられて、私もつられてクスリと微笑んだ。 「本当に馬鹿息子なんだけれどね、男なんてどれもこれも――三十五億人だったかしら?多分、妻の前ではどれも馬鹿タレなものだから許してあげてね」 あっさりと許しを乞うお姑に私は頷けなかった。 「だって、不貞を疑われたままなんて……絶対にイヤです。」 「ふふっ、疑ってないわよ多分」 いえ、はっきりと疑われましたからと、私は目を眇めた。 「多分、その子に嫉妬しただけよ」 私の腹に指をさし、これまた無茶なことを言う。 「馬鹿だから、本能的に自分以外のものに対して妬っかむものなのよ、雄はね。認めたくないの。意地悪の一つや二つ言っちゃうものなのよ」 嘘だ。 お姑なりの慰めにしか、私には聞こえなかった。 「案外外れてないわよ。でも、そうね。此処はそう思うことにしてしまいましょう」 きっぱりと断定されてしまう。 「ぐすっ……でも……あんまりです」 お姑にまで突き放された気持ちになってしまう。 「そうね。でも、あなたはもう母親なのだから、それくらいは出来なくっちゃね」 優しい眼差しだったお姑は少しばかり眦を引き締めた。 お姑の言葉にハッとする。 「子を守れない母親なんて、女の沽券にかかわることよ。愚息は馬鹿なことを言ったけれど、言葉なんて軽いものでへこたれている場合では無いの。妻ならば、毅然として示さなければ。夫は示されないと、いつまで経っても父親になれないものなのよ」 目から鱗のお姑からの激励は凄まじく、私は涙を拭う。 そうだ。 そうだった。 こんなことでへこたれている場合では無いと、布団から起き上がって居を正した。 胎の子を守れるのは私だけだ。 「はい。私、夫に父親としての責任を果たしていただきます」 よくできましたと、お姑はにっこり笑った。 いつもの頼りになる、母親の笑みだった。 「紀子さんは私の見立て通り、やっぱり良妻賢母の素質があるわよ」 太鼓判を押して、またしても私を支持してくれたのだった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!