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海の雪、屍の花
「海の中にも、雪は降るのよ」
幼い頃、母が寝物語に聞かせてくれたのを、天音はよく思い出す。
ひとつの布団に母と妹と寝転んでいた。妹はすぐに寝てしまったから、彼女を起こさないように、母と頬をくっつけて話す。お互いの息がかかって、くすぐったい。
「本当? 海の中に?」
「ええ。天音が大人になって、呪法がうまく扱えるようになったら、海に潜るといいわ」
「でも母さん、海は怖いところだって、みんな言ってる」
「あの人たちは、怖がりなのよ。でも天音は、私に似て好奇心が強いから――。海雪、とても綺麗なのよ。ふわりふわりと、波にさまようの」
母はそう言って、天音の髪を撫でた。その指が日に日に細くなっていくのが、天音には怖かった。病にかかった母はあとどれくらい生きられるだろうか、と幼心に不安になる。
「母さんはね、海の中の雪になりたいわ」
ぽつりと落とされた言葉は天音の心に長く留まり、そしてまた、十数年先に、もう一度同じ言葉を耳にすることになった。
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