海の雪、屍の花

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 なぜ五十鈴の花が咲かないのか、天音には分からない。他の花は咲いているのに、赤い蕾だけはしょんぼりとしている。なにが不満なのだろう。 「天音さん、墓守の務めは、しばらく休みなさい」  死神のような世話係には気遣うような目でそう言われた。墓守は妖魔たちと相対するのだから、一瞬の気の緩みが死に繋がる。集中できていない、と指摘された。  天音は大人しく茅葺屋根の家に帰って、寝転んだ。もうここに棲むのは、自分一人になってしまった。母も妹も、毎日ここで、布団に横たわっていた。春も秋も、昼も夕も、ずっとずっと。  天音は彼女たちのように寝転んで、かつての記憶を辿る。  赤い瞳をした二人は、そろって、雪になりたいと言った。どうしてだろう。たしかに海雪は美しいが、なにがそこまで母と妹を引きつけたのだろう。  五十鈴は花が嫌いではなかった。よく野原に花を見に行っては、にこにことその話を聞かせてくれた。だが、屍の花には興味がないようだった。今、彼女の赤い蕾も枯れようとしている。  どうして。  考え続けていると、日はすっかり落ちて、燃えるような真っ赤な夕陽の色が明り取りの窓から射しこんだ。そのとき、ふっと、五十鈴の声が聞こえた。 『うーん……、でもたしかに、私も墓地にある花は嫌ですね。やっぱり海雪がいい。ゆらゆら海の中をさまよい続けるんです』  天音は、ぱちっと瞬きした。  天音の中で、歯車がかみ合う音がした。 「ああ、なるほど。そういうことは、もっとはっきり言ってちょうだい。お馬鹿さん」  五十鈴や母が望んだことは、海雪の美しさだけではなかったのかもしれない。そう考え着くと居ても立っても居られず、天音は家を飛び出した。
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