海の雪、屍の花

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 赤黒い夕陽で染まった坂道を下り、細い迷路のような道を縫って家にたどり着くころには、すっかり物の輪郭がぼやけるほど暗闇に包まれていた。  茅葺(かやぶき)屋根が三軒連なっている一番左端の戸口に、心臓の形をした鬼灯がぶら下がっている。天音が呪法を使うと、鬼灯の内側から、ぼわん、と橙の灯りがともった。その灯りを頼りに家に入ろうとすると、それより先に、家の裏手から「姉さま!」と声がした。 「お帰りなさい、姉さま! 早かったんですね」 「ただいま五十鈴(いすず)。今日はどこに出かけていたの?」 「空蝉の郷の、野原の方へ。ほら、今の時季は伽耶椿が見頃でしょう。今日みたいな冬の寒い日は、ぐっと朱色の密度が増すんです。とても綺麗でしたよ。でも、もう暗くなるから、急いで帰ってきました」  妹の五十鈴は悲しそうに目を伏せる。彼女の赤い瞳は、母によく似ていた。 「――そういえば、今日は新月ね」  常より暗い夜。  天音は鬼灯をふたつ、みっつ、呪法で浮かせると、灯りをともした。それらを提灯の中にまとめて入れれば、五十鈴がほっとしたような顔で近づいてくる。彼女は暗闇を嫌っているのだ。 「この寒さだと、椿も色づくでしょうね。雪、降るかしら」 「そうですねえ。……あ、そうだ! 姉さま。私、海雪を見に行きたい!」 「今から?」 「はい。急に、すごく、見に行きたくなったの。そういう衝動って、大事だと思いませんか」  ころんとした赤目に懇願するような色が浮かび、天音は呆れてため息をついた。
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