命の願い

1/11
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 フルートで奏でられる“メモリー”  ミュージカルで有名なあの楽曲だ。  僕の魂を左右に揺さぶるほどに、そのメロディーは甘美だった。   今すぐ彼女を抱きしめたい。  恋人である香穂ちゃんをこの手で抱きしめなければ。  そう思ったところで、身体が動かないことに改めて気づく。  忌々しい管につながれベッドに横たわる僕は、消毒くさい部屋で隔離されている。  世界を覆った未知のウイルスに僕は感染し、すでに三ヶ月もこの状態だ。 「どうだった、わたしの演奏」  香穂ちゃんがフルートを口から離し、口元を緩める。 「もちろん素敵だよ」  僕は端末(タブレット)に写るオンラインの彼女に答える。  この部屋は家族でさえも入室禁止だ。外部との連絡はすべて端末で行っている。 「宗一郎くんの分のコレも持って帰ってきたからね」  そう言って画面に見せたのは、卒業証書の筒だった。 「ありがとう。卒業式、僕も出たかったな」  悲しげにつぶやく僕に、彼女は悲しげな表情で見つめ返す。  高校生活の最期を、こんな場所で迎えることになるなんて。 「このまま僕は世界からも、香穂ちゃんからも忘れられて死んでいくのかな」 「そんなこと言わないでよ。考えすぎよ」  考えすぎよ、と言われ。小学生の頃のトラウマが脳裏に蘇った。 『いつも考えすぎで、気持ち悪いんだよ』  母親を亡くた夜、泣きじゃくる僕に父親が放った一言だ。  必要以上に考え悩む癖は幼い頃からだった。それは一生の宿題のように悩み続けている。  何かとクヨクヨ、ウジウジする僕に向けられた父の言葉は、ナイフよりも鋭く胸を切り裂いた。 あの日の一言は人生の太陽を失うに等しかった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!