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フルートで奏でられる“メモリー”
ミュージカルで有名なあの楽曲だ。
僕の魂を左右に揺さぶるほどに、そのメロディーは甘美だった。
今すぐ彼女を抱きしめたい。
恋人である香穂ちゃんをこの手で抱きしめなければ。
そう思ったところで、身体が動かないことに改めて気づく。
忌々しい管につながれベッドに横たわる僕は、消毒くさい部屋で隔離されている。
世界を覆った未知のウイルスに僕は感染し、すでに三ヶ月もこの状態だ。
「どうだった、わたしの演奏」
香穂ちゃんがフルートを口から離し、口元を緩める。
「もちろん素敵だよ」
僕は端末(タブレット)に写るオンラインの彼女に答える。
この部屋は家族でさえも入室禁止だ。外部との連絡はすべて端末で行っている。
「宗一郎くんの分のコレも持って帰ってきたからね」
そう言って画面に見せたのは、卒業証書の筒だった。
「ありがとう。卒業式、僕も出たかったな」
悲しげにつぶやく僕に、彼女は悲しげな表情で見つめ返す。
高校生活の最期を、こんな場所で迎えることになるなんて。
「このまま僕は世界からも、香穂ちゃんからも忘れられて死んでいくのかな」
「そんなこと言わないでよ。考えすぎよ」
考えすぎよ、と言われ。小学生の頃のトラウマが脳裏に蘇った。
『いつも考えすぎで、気持ち悪いんだよ』
母親を亡くた夜、泣きじゃくる僕に父親が放った一言だ。
必要以上に考え悩む癖は幼い頃からだった。それは一生の宿題のように悩み続けている。
何かとクヨクヨ、ウジウジする僕に向けられた父の言葉は、ナイフよりも鋭く胸を切り裂いた。
あの日の一言は人生の太陽を失うに等しかった。
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