1人と1匹、一軒家の日常

2/7
前へ
/14ページ
次へ
 東北の雪深いところで、私、九重累(ここのえるい)は一人と一匹でそれなりに楽しく日々過ごしていた。代り映えがなくとも変わらない毎日にそれなりに満足していたわけで、特にこれといって刺激が欲しかったわけではない。いや、本当に。私は至って平和なこの日常に幸せを十分感じているので。ええ。祖父が遺した不動産を収入源として、所謂不労所得で生活していて、大きな買い物もせず、たまに少々お高いスイーツを買ってきて食べるくらいで、お金があるからと言って豪遊するようなこともない。そんな私のもとにかかってきた一件の着信が、私の今後の生活に大きな影響を与えようとは、誰が予測できただろうか。  そもそも私がこの日常が大きく変わる日が来るなんて全く思いもしていなかったわけだが。  秋、裏の山で拾った栗を一つ一つ穴が空いているもの空いていないものに分けて、庭に出した七輪の上に十個ほどおき、じっくり焼く。ポンっと音を立てる栗にビクッと体を跳ね上げて驚いているゴローに、私は「ただの栗ですよ」と笑って教える。片手間で枯れ葉を集めてゴロー用に焼き芋を焼いているがそちらはまだ時間が必要である。栗も芋もしっかり火を通さないとお腹が痛くなってしまうのでね、私もゴローもお腹弱いしね。  そんなまったりとしていた秋の昼下がり、ポケットに入れていたスマートフォンが着信を告げる。画面には【嘉多山菜月】と表示されていて、十歳ほど年上の従妹からだった。 「はいどうも。」 『突然ごめん、累に頼みたいことがあって。』 「本当に突然だし元気?とか聞かないあたりだいぶ深刻な話の予感がする。切っていい?」 『切らないで、いや、本当にごめん、うん、単刀直入に言うとね、うちの子達春から三年間、累のところから高校に通わせてもらえないかな。』 「……は?」 『どうも、旦那が不倫してそれを要と芽衣に知られてしまって絶賛泥沼状態の嘉多山家です。』 「最悪に最悪を重ねてて笑えねえー!弁護士要る?知り合いの弁護士紹介するよ?不倫は真っ黒証拠あり?私立探偵も紹介しとく?」 『それはまた今度頼みたいんだけど、今回の頼みは子供らをそっちの高校に入らせて一旦この地獄から離したいんだ。』 「なるほど、この家に住ませてってことね。まあ、いいんじゃない?子供ら、犬アレルギーでなければ。」 とんでもない泥沼な従妹であるが、私が割と冷静なのはこれが初めてではないから、としか言いようがない。男運のない家系なので離婚率が悲惨な数値を叩き出しているのだ。ああまたか、今度は菜月ちゃんか、菜月ちゃんは子供たちを守るためにこっちに避難させたいんだな、なんてふんわり考えて、子供二人くらい養うお金はあるしなあなんて、あまり深く考えず承諾してしまった。ゴローにはちゃんと焼き芋をあげながら伝えた。多分大丈夫だと思う。  
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加