雪山からの脱出

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「なあなあ強太郎(きょうたろう)、今度の休み、雪山いかねえ?」  こいつ、また唐突に訳のわからないことを言い出したな。  雪山? 冗談だろ。 「雪山って危なくないか? 俺行ったことないし。軽介(けいすけ)は行ったことあるのか?」 「何回もあるよ。大丈夫だって。まあはじめはちょっと怖いと思うけど」  ちょっと怖い、で済むのかよ。  あんまり乗り気ではなかったが、何度もしつこく言ってくるもんだから、ああ、はいはい、行けばいいんだろ、てな感じで結局OKしてしまった。  俺って甘いなあ。  やっぱり来るんじゃなかったな。  雪山に来たのはいいけど、早々に軽介とはぐれてしまった。大丈夫だとか言ってたのはどこの誰だよ。 「ヘックシッ」  しかも想像以上に寒い。雪山なんだから当たり前なんだろうけど、何だってこんなに寒いんだよ。  ああもう、あいつを見つけたらすぐに帰るぞ、こんなとこ。  ゴゴゴーッ!!!  な、何だ?  今何かすごい音が聞こえてきたぞ。どこから聞こえて、って、雪崩だ!   に、逃げないと……。    う、うわあ!! 「……うっ。助かったのか? どこだ、ここ?」  目が覚めたら吹雪は止んでいた。どうやら助かったようだ。周りを見るとそこら中に雪が積もっている。 「あいつは大丈夫だったのか?」  そのとき、上から大量の雪が降ってきた。  えーっ!  逃げる間もなく雪が被さってきた。思わず俺は頭をかばうようにしてうずくまった。  冷たい。  雪に埋もれてしまった。顔が雪で冷たい。それに息苦しい。うつ伏せになった体を無理矢理動かそうとしたが、雪で全身を覆われているからどうにも身動きがとれない。  それでも必死に体を動かそうとしていると、少しだけ雪の重さがなくなった気がした。  今だ。  体勢を何とか整えて降り積もった雪をかきわけかきわけ、顔だけ出すことができた。  ふう、とりあえずここから出ないと。  すると背中に乗っていた雪が無くなっていく感覚があった。  何だ?  背中の雪の重さを感じなくなったところで、立ち上がろうとした。  う、体が寒さでガチガチだ。凍えすぎて動けない!  何とか体を動かそうとしたが、またあの雪の山が降ってきた。また雪に埋もれてしまった。何なんだ、ここは。  グサッと音がする。今度は何だ。何かが雪を刺している音がする。どんどん雪が無くなっていく。  その時。 「うおー、うまい、うまい」  大きくて野太い男の声が聞こえてきた。うまいって何が。そんなことを考えている間にも周りにあった雪がどんどん無くなっていく。    グサッ!  ……ビックリした。目の前に銀色の刃物が刺さった。いや、刃物ではなかった。目の前の雪がそれにすくわれて上の方に運ばれていった。あれは大きなスプーンだ。 「な、何だよあれ!」  スプーンの柄の部分に大きな浅黒いゴツゴツの木が見えた。  いや、あれは手だ! 人間の大きな手だ! 「うまい、うまい。まだまだたべるぞお!」  さっきの大きくて低い声が響いた。  この手の持ち主だろうか。また上から雪がたくさん降ってきた。  逃げられない!  この雪はこの大きな手の奴 の食べ物だったんだ!  このままだと俺まで雪ごと食べられるんじゃないか。何とかこの雪山の中から出ないと。俺は必死になって雪をかきわけた。  しかし周りは雪ばかりでどこが出口なのかがわからない。  スプーンが俺の周りの雪をすくっていく。その時、後ろの雪にグサッと何かが刺さった音がして一瞬だけ背中が何かに引っ張られたような感覚になった。何だったんだろうと思って後ろを振り返ろうにも雪が邪魔して振り返れない。  すると今度は雪の中に何かの液体が流れてきた。口の中にも入ってきた。   イチゴの味がする。って、これまさかイチゴのシロップ!?  ますます本格的にやばいと感じた。  冗談じゃない。このままイチゴの味付けで食べられるなんて絶対に嫌だ。  ザックザックと俺の周りをスプーンが刺さっては雪をすくっていく。このまま雪と一緒にすくわれたら確実に俺はこの巨人の胃袋の中だ。  ぐー。  食べられるなんて想像したらお腹が空いてきた。  リュックに色々入れてたな、そういえば。  あれ?  な、ない、リュックがない!?  さっきまではちゃんとあったのに。  グサッ!  ……また目の前にスプーンが刺さる。あ、さっき背中を引っ張られた感じ。あの時にリュックがはがされたのか。スプーンが雪をすくっていく光景を見て、あ、この雪食べられるのかな、なんて考えてみる。  いやいや、さすがにそれはない。  何て思っていたら。 「んー? なんだあ? なにかへんなものがあるぞお」  この低くて野太い声は。まさか見つかったんじゃ。  上を見ると大きな男の顔がドン!  2つの大きな目玉がギンギンに光っていた。こちらをじっと見ている。  俺はその目を見た瞬間、終わった、と思った。  口には食べた雪が入っているのだろう。モグモグとゆっくり大きく動いている。  体がこわばって動けなかった。何か話した方がいいんじゃないかと思うけど、どんな気の利いた言葉もこの大男には通じないのではないのかと思う。 「なんだあ、おまえは。もしかして、おれのたべものをよこどりしようとしているなあ!!」  ひい!!  男の大きな手がゆっくり伸びてきた。あわてて逃げる。俺を捕まえようとした手は雪をガサッとつかんだ。 「うおーーっ、つめたい!!!」  大男が片手をもう片方の手でおさえている。こ、この隙に逃げよう!  俺は雪に足をとられそうになりながらも必死に雪山をかけ登ろうとした。  さっきのイチゴのシロップが体にまとわりついていた。ベタベタして気持ち悪い。イチゴのにおいが染み付かないかな。 「こらー!! まてー!!」  そんなこと考えてる場合じゃなかった。大男が追いかけてるんだ。大男が冷たいと言いながらも俺の方に向かって手を伸ばしてくる。  どこまで追ってくるんだ!  大男が手を伸ばしてくる。俺は避ける。また手を伸ばしてくる。避ける。  一体いつまでこんなことを続けないといけないのか。もうそろそろ体力も限界だ。何か方法は……。  ……あ、あれは!  その時、キラッと雪の中から光るものを見つけた。  あの大男のスプーンだ!  よし、あれであいつに反撃しよう!  俺はそのスプーンに向かって走った。  大男の手も同じ方向に伸びている。   絶対に間に合わせる!  あともう少し! 大男が触れる一歩手前でガシッとそのスプーンをつかんだ。 「あ、おれのスプーン!!」  そしてそいつの手にスプーンを叩きつけた。 「うおーー!!!!!!」  泣き叫んで何を思ったか手を雪に突っ込んだ。 「うおーーー!! 」  ……こいつ一体何がしたいんだ。とりあえず作戦成功だ。こうしてる間にもまた襲ってくるかもしれない。早いところ出口を……。  と思ったのだが大男の行動の方が早かった。  ドン!  俺が逃げようと思った方向に大男が拳を叩きつけた。ビクッとして一瞬固まってしまった。 「おまえー、いまいたかったぞー! つめたかったぞー!!」  いや、痛いのはスプーンを叩きつけたから俺が悪かったけど、冷たいのはお前が勝手に雪に手を突っ込んだからだろ! 「おれおこった、もうゆるさない!」  さっきよりも目がギンギンになっている。背中に炎が見える。これで雪がとけるんじゃないか、という勢いだ。  うーん、もうこいつを倒さないと逃げられないかも。俺は覚悟を決めて自分より少し大きめのスプーンをしっかり持った。  大男の手がこっちに伸びてきた。俺は必死に避け続けた。大男が右手と左手、交互に俺を捕まえようと動かしてるうちにまた雪の中に手を突っ込んだ。 「うおーー!!!」  よし、今だ!  大男の手に飛び乗り腕をかけ上って、いこうとしたが無理だった。大男が突っ込んでいた手を急にブンブン振り回したからだ。 「くっ」  俺は大男の腕に必死にしがみついたが、しばらく振り回されてとうとう腕から離されてしまった。 「うおっ」  俺は地面に叩きつけられた。  気がついたら大男の顔が目の前にあった。そしてそいつは俺をスプーンごとがっしりつかんだ。  痛い!  痛い!!  痛い!!!  ギューッと体が握りつぶされていく。本当に痛い。意識が飛びそうになるのを必死にこらえる。でも、もう力が抜けそうだ。 「おまえうまそうだなあ。イチゴのいいにおいがするぞお!」  大男がそんな不気味な一言を発したのを聞いて、恐怖で目が覚めた。こいつ俺のこと食べ物だと勘違いしてやがる。  ダメだダメだ。こんなところで諦めたら。  そうは思ってもこの身動きがとれないままじゃどうしようもない。それにしてもイチゴのにおいって。さっきのシロップのことか。  ……はっ。  その瞬間、俺の脳裏にあるアイデアが浮かんだ。そうだ、この方法なら。  うまくいくかわからないけど、何もしないよりはマシだ。やってみよう。  俺はなるべく大男を刺激しないように話し始めた。 「あの、大男さん」 「んー? どっからきこえてくるんだあ?」 「ここですよ、あなたの手の中です」 「んー? おまえかあ?」 「はい、大男さん。私を放してくれませんか?」 「いやだ。おまえうまそうだ。このままたべるんだ」  やっぱり逃がしてはくれないか。それなら。 「わかりました、大男さん。それならせめてわたしにイチゴのシロップをかけてそれからゆっくり召し上がってください。どうせならおいしく食べてもらいたいです」 「そうかあ。わかったあ!」  よし、ここまではOKだ。ふふ、こいつは図体(ずうたい)のでかいわりに頭の方はどうも弱いらしい。もちろん最後まで気は抜けないが。大男が俺を下ろした。   そしてイチゴのシロップを持ってきて俺にかけた。  いや、これはかけすぎだろ。頭から足に全身ベトベトになってる。これ後でシャワー浴びないとな。 「よーし、いただきまーす!」  俺は大男に手でつままれ、その大きな口に放りこまれた。今だ! 「はあ!!!」  俺はその瞬間スプーンを大男の顔に叩きつけた。 「いってえーーー!!!!!!」  はっ。耳元で大きな声が聞こえた。  あれ、ここはどこだ?  さっきの大男は?  一体どうなったんだ?  というか、何だろう。手がジンジン痛い。  ん? 「お前なあ! いてえんだよ! ったく、お前寝相悪すぎだろ」  へ? 何で軽介がここに? 「な、何でお前がここに?」 「何でじゃねえだろ。雪崩に巻き込まれてたのを助けたんだよ、救助隊の人にも手伝ってもらって」  そうだったのか、じゃああれは夢だったのか。恐ろしい夢を見たもんだな。 「……強太郎、悪かったな。危ない目に遭わせてさ」  軽介が申し訳なさそうにうつむいた。俺はその頭をコツンとした。 「いいよ、とりあえず助かったんだし。知らない間にお前に一撃くらわせることもできたみたいだし?」  冗談っぽく笑うと軽介も笑った。 「それにしても急に殴ってくるからびっくりしたぜ」 「ああ、それはな」  俺はさっき見ていた夢の内容を話した。軽介はまずいものでも食べたような顔をした。 「うへえ、お前そりゃ夢の中でも大変だったな」 「全くだな。巨人に捕まった時は生きた心地がしなかった」  俺と軽介は2人でまた笑い合った。 「しっかしイチゴのシロップなんてよく考えたよなあ」 「ああ、そいつがなかったら助からなかったかもな」 「ふーん。あれ。強太郎、お前の服の袖から何か出てるぞ?」  俺は右の袖を見た。 「え、これ」  まさかと思って鼻を近づけてみる。  ほんのりとイチゴのいいにおいがした。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!