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幼なじみ 兼 恋人
「俺、明後日からバイトに行くから」と、幼馴染みの倫太郎に告げられた中原礼音は、箸を持つ手を止めて目を見開いた。
「そんな急に……」
「前からしてただろ、この話」
「そ、そうだけど…… 」
「好条件のところが見つかったんだ」
「でも…… 」と恨めしく呟く礼音に、恋人でもある彼が不服そうに言い放った。
「オレ、お前の許可がないとバイトもしちゃダメなの?」
最近、倫太郎の態度がそっけない。それまでは兄弟以上に信頼し、何事も共有してきたのに、専門学校に進学すると単独行動が多くなり、時折うっとうしそうな視線を向けてくる。
「ねえ、倫ちゃん」
「なにっ?」
「嫌かもしんないけど…… バイト先、教えて」
「バス停前の本屋」
「あ、あそこ?」
「募集の紙が貼ってあったの、気づかなかった?」
「ぜんぜん」
「家から近いし時給もまあまあだし。店長さんに聞いたら『時間の融通もきく』って言うから速攻で決めてきた」
「そうなんだ…… 」と、礼音がうな垂れて話が終わり、テレビと動画サイトを観始めたのだが、礼音の心中は穏やかではなかった。
二人の出会いは、それぞれの母親の腹の中にいる頃まで遡る。
二十年前、彼女らはマタニティークリニックで知り合い、一日違いで男の子を出産した。
近所に住んでいたので親交は続き、礼音と倫太郎は公園デビューから幼稚園・小・中・高等学校、挙句の果てには専門学校まで常に一緒。唯一違ったのは、専門学校の学科。礼音は作業療法学科、倫太郎は理学療法学科に進み、それぞれ友達もできた。
家から離れた学校なので、二人は一人暮らしを始め、自ずと半同棲状態になった。なので、関係が今まで以上深まるものと信じていたのに、それが独りよがりだったことに気づいたのは今から三週間前。倫太郎の部屋の流しに置いてあったグラスに薄紅色のグロスがついていたのを発見したのである。
動揺した礼音が恐る恐る尋ねると、倫太郎は視線を泳がせながらこう答えた。
「クラスの子が来たんだ。『一緒に勉強しよう』って」
「誰?」と聞くと男子生徒の名を言う。嘘をつかれた礼音は目の前が真っ白になり、用事を思い出したふりをして部屋を出ていった。
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