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校門に近づくと、陽花の姿が見えた。卒業証書の丸筒を携え、まるでなにかの番人の様にそこに佇んでいる。大振りのストールにまとわりついた雪を払いながら、せわしなく視線を動かしている。どうやら誰かを待っているようだ。というか、間違いなくぼくを待っている。
「やあ」
ぼくは陽花に声をかけた。
「やっときた」
ぼくを認めた陽花が破顔する。
「もう帰ったかと思った。連絡しても反応ないし」
「ああ、ごめん。ちょっと取り込んでてさ。気づかなかったよ。で、なんか用?」
「それ」と言いながら、ぼくの胸のあたりを指差す。
「もらい忘れたから」
「第二ボタンか? それくらいくれてやってもいいが……」
「違う。君のハートをいただきに来たの」
ばあんという効果音をつけて、右手で作った銃身を仰け反らせる。どこぞの怪盗かよと思いながらも、相変わらず可愛いなぁと感心する。下手を打てば恐ろしく陳腐になりそうなお道化た仕草も、彼女がすれば格別なものになる。
「心配しなくても、ぼくのハートはとっくに陽花のモンだよ」
「またそういう風におちゃらけて……それが本当なら、ちゃんと言うことがあるでしょ?」
「ああ、ある。ぼくは永遠に陽花を愛するよ。では、さようなら。達者でな」
通り過ぎようとするぼくの前に、陽花が通せんぼの形で立ちはだかる。
「いつも! そうやって! はぐらかされてきたけど!」
やけにメロディアスな言葉の三連符を挟んで、陽花は言った。
「……今日はダメ。わたしたち、卒業したんだよ。このままサヨナラしちゃったら、きっともう会えなくなっちゃうんだよ」
ぼくの心の中を見透かすような、強い光を宿した瞳。そう、陽花はとっくに気づいているのだ。ぼくが、この恋を実らせようとしていないことを。ツンとした胸の軋みを必死に堪えながら、ぼくは言う。
「……大げさだな。とにかく帰るよ。雪、積もるかもしれないから。陽花もちゃんと帰れよ」
「わたしは帰らないから。君が告白してくれるまで、帰らない」
陽花のそんなつぶやきを背中で聞きながら、ぼくは無理矢理に家路についた。
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