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榊陽花。ぼくが彼女と出会ったのは、高校二年生の春のことだった。その時のことを今でもカラーで思い出せる。冗談みたいに、突拍子もなく、劇的に、彼女はぼくの人生に登場した。
「わたし、歌うわ!」
初対面の第一声。なんの前触れもなく軽音楽部の部室の引き戸を勢いよく開け放った陽花は、高らかに宣言した。一人黙々とドラムの練習に没頭していたぼくは唖然とするしかなかった。
第一印象はこうだ。破天荒。それでいて純然たる美少女。というか、こんな子、一年の時いたっけ? なんなんだ、彼女が放つこの引力のような煌めきは?
ぼくと陽花は、あっという間に仲良くなった。ウマがあったのだろう。やたらノリの良いところや、その容姿を鼻にかけない陽花の洒脱ぶりに、ぼくは居心地の良さを感じた。
そして何より、陽花の類まれなる雄弁さに、ぼくの心は度々揺さぶられた。
基本的には軽口を叩いて笑い合うような仲だった。けれど陽花は、ふとした時に物事の美しさの本質に触れるような言葉を紡ぐことがあった。まるで、聞いた者の美的感覚をくすぐるような、魔法の言葉の数々。
それは、彼女が綴る歌詞の叙情性にも現れた。どうやったらこんな風に世界を捉えられるのだろう? そう思いながら陽花が歌う背中を眺め、ドラムを叩く日々が続いた。
そしてぼくらは、いつからかお互いを想い合っていた。ぼくらが恋に恋するだけのありふれた男女だったら、迷いなくアオハルロマンスへと一直線だったと思う。
しかし、その恋が花開くには大きな障害があった。ぼくが彼女と結ばれることを望まなかったのだ。
いかに陽花から露骨なアプローチを受けようとも、どんなに周囲に囃し立てられようとも、あるいは時に自分の好意をストレートに伝えながらも、ぼくは陽花と恋人関係になることを頑なに避けてきた。
生涯でただ一度の、本気の恋だという確信があった。だからこそぼくは、万が一にもこの恋を失うわけにはいかなかったのだ。
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