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夕食は、山盛りの唐揚げと巨大なハンバーグだった。母がぼくの好物をこしらえ、卒業を祝ってくれたのだ。父が別の女性と家を出ていってからも、懸命にぼくを育ててくれた母には感謝しか無い。春からはぼくも就職して、少しは母を楽にしてあげられる。卒業という一方的な線引きは気に食わないけれど、そのことだけは心のどこかで安堵している。
自室に戻り窓の外をチラリと見やる。予報通り雪が降り続けている様だ。脳裏には、否応なく最後に見た陽花の姿がフラッシュバックする。
しかし、「帰らない」というのはどういう意味だったのだろう。ぼくはスマホを手に取り、陽花に帰ったか? というメッセージを送信した。するとすぐに彼女からビデオチャットの着信があった。
応じると、スマホの画面に陽花の顔がアップで映し出された。何故か眉根を寄せ、咳払いをしたあとに、陽花は言った。
『……わたしだ』
「大統領みたいな応答すんな」
ぼくのツッコミに陽花が声をたてて笑う。まるでスマホの画面の輝度が跳ね上がったかのような、明るい表情。
「ちゃんと帰ったのかよ」
「言ったじゃん、帰らないって」
そう言いながら、カメラの角度を変える。映し出されたのは、見慣れたドラムセットとアップライトピアノ。ぼくたちが所属していた軽音楽部の部室だ。
「おいおい、本当に学校にいるのか」
『だから言ったでしょ。君と結ばれるまで、わたしはこの学校を卒業できないの。わたしがどれだけ本気か、これでわかった?』
ああ、そうだったな、とぼくは嘆息する。出会ってから今まで、陽花が本気じゃなかったことなんて、一度もない。やはり、きちんと話をしないと。ぼくを想ってくれている陽花に失礼だよな。
画面越しの陽花に向けて、ぼくは言った。
「わかった。今から行くから待ってろ」
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