ぼくが選ぶ永遠について

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 外に繰り出したぼくは、絶句した。視界を阻むほどの雪が、夜空一面から降りしきっている。雪国としてくくられることも多いこの地域でも、三月にこのレベルの豪雪は滅多にない。異常気象だ。  こうなったら自転車なんて役に立たない。ぼくはスニーカーを濡らしながら、寒空の下を黙々と歩き続けた。  四十分ほど歩いて、学校にたどり着いた。軽音楽部の部室がある旧校舎は、新校舎と違ってセキュリティが甘く、警備システムの管轄からも省かれている。  一階の廊下には鍵が壊れた窓があり、忘れ物を取るために夜の部室に侵入したことが何度かあった。その時と同じ様に、ぼくは難なく校内へと忍び込んだ。冷えた身体を抱えながら真っ暗な階段を登り、二階の角にある部室の扉を開ける。 「へい、らっしゃい」  肩に毛布を掛けた陽花が、居酒屋の大将みたいなノリでぼくを出迎えた。 「寒かったでしょう、旦那。さあ、ぐいっといっちゃってくだせえ」  そう言いながら、紙コップ手渡してくる。 「悪いなっ」  ぼくはそれを反射的にそれを受け取り、中身を飲み干そうとした。 「熱い!」  口内に襲いかかった衝撃にぼくは思わず声を上げる。 「熱くて、無味無臭! なんだよこれ」 「たぶん、ハイポーション的な飲み物だよ」 「原料はなんだよ!」 「限界を超えて水を沸騰させた液体だよ」 「ただの熱湯じゃねえか!」 「あたたまる?」 「ただ純粋にクソ熱いという感想しかないよ!」 「いいリアクション!」と笑いながら、陽花は傍らにある別の紙コップを呷った。 「ちなみにそれはなんだ?」 「これ? コーヒーという飲み物だよ」 「そっちをくれよ」 「でも、砂糖とミルクないよ?」 「いいよ、別にブラックでも」 「……え? 童貞ってブラックコーヒー飲めるの?」  こわばった表情を作り、わざとらしく言い放つ。 「すごくレベルの低い偏見だからな、それ」 「そいつは失礼しやした。はい、タオル。ストーブつけてあるから、ここに座って」  陽花はぼくにタオルを手渡すと、石油ストーブに乗せてあるヤカンのお湯でコーヒーをドリップし始めた。  ワシャワシャと頭を拭きながら、あたりを見渡す。外部から気づかれないようにか、窓のカーテンは引いてあり室内の照明はつけられていなかった。どこから調達したのかは謎だが、部室にただ一つの机にポツンと置かれたガスランタンの灯りだけが、ゆらゆらと揺らめいている。壁時計の針は二十一時を回っていた。 「こんな時間まで帰らないで、親は心配しないのかよ」  ぼくは言った。 「友達の家で、卒業記念のお泊り会って言ってある」 「だとしても校則違反だ。停学ものだぞ」 「もう卒業したし」 「じゃあ、不法侵入だ。犯罪だぞ」 「平気平気。わたしには、乙女の恋心っていう免罪符がありますから」 「そんなもの国家権力相手に通用するか、バカ」 「とにかく……」  出来上がったコーヒーをぼくに手渡しながら、くゆる湯気の向こうで陽花が不敵に笑う。 「こうなったら、夜は長いよ。とことん話し合おうじゃありませんか」
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