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その1
美しい景観で名を馳せた国、「フレランシュール」。
しかし時代は流れ、現在国はかつての美しさは見る影もなく、突如現れた霧状の生命体──「ミスト」に支配されていた。
──── 消臭スプレーで世界を救う。────
「今日こそ、ぶっ飛ばしてやるわ! ……化け物共っ!」
ありったけの爆薬を、わたしは敵の住居と化したかつての我が家へ、渾身の力で投げ入れた。鼓膜が破れそうな爆発音が辺りに轟いた。両耳を抑え、物陰で爆風をしのぐ。
この様子なら、ちょっとは成果が出ているだろうか。そうっと物影から顔を出して見えたのは
一面の砂埃の中に混ざる、霧状の紫の人影──。
「やっぱり、こんなんじゃ死なないよね……」
爆音に気付いたのか大量のミストがわらわらと集まってきた。数えるまでもなく、とても逃げ切れる数ではない。
目前に差し迫る死に、わたしはぎゅっと目をつむった。
あれ──?
……いつまで経っても変わりがない。それどころか、あんなに肌にこべりつくようだった霧のべたつきが……薄れていく。
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「よう。大丈夫か?」
焦げくさい風になびく白い髪と、さほど大きくない背中が、砂埃の中に紛れていた。
砂埃が落ち着いてきた頃──。
ヘンテコリンな武器を携えたヘンテコリンな青年がこちらへ笑顔を向けているのだとやっと認識できた。
周りの霧は晴れ……悲鳴、なのだろうか。うめき声のようなものをあげながら、数体のミストが地面を這いずり回っている。
「……やっぱり、消すにはこのランクじゃなきゃだめか」
青年は何かごにょごにょと呟いたかと思えば、手に持っていた武器とは別の武器を構えた。
──変な形。
それらは見れば見るほど、ヘンテコリンな武器だった。それらが武器だとわかった理由は、青年が拳銃を収めるようなホルダーを、腰につけていたからだ。そうでなかったら、まさかあんな物が武器だなんて、誰が思うだろうか。
……鴨のような形だと思った。
その口ばしのような先から、何かが放たれた。……いや、飛び散ったと表現すべき、だろうか? とにかく霧状の何かが、勢いよくミスト全体に降り注いだように見えた。
それに当たったミストの姿はみるみるうちに薄くなっていき……
結果──青年はその場のミストをあっという間に殲滅した。
「終わった終わったぁー」と、満足そうに武器をおさめる青年に駆け寄る。
「あ、あんた何者!?」
「まずはそっちが名乗れよ……。あと、お礼くらい言えよ」
「あ……っ」
自分は思っていたより気が動転していたらしい。慌ててカーテシーと、自己紹介をする。
「失礼しました。わたしはアザミ。助けてくれてありがとう」
「俺はシロツメ。スプレー職人だ」
シロツメは無邪気に笑った。
──ふぅん。カーテシーができるのか。
12〜14歳くらいか。印象に残る、癖っ毛な赤毛とエメラルドのような大きな瞳。当然のことながら今は身なりは良くないが、家柄はそこそこいい方だったらしい。
「アザミ、1人で奴らに向かっていくなんて無謀にもほどがある。誰か協力者はいなかったのか?」
アザミは、ばつが悪そうな顔で黙り込んだ。
やれやれ。と、ため息をつく。なんとなく予想はついた。いまやこの国は完全にミストき占拠されている。その中でも魔窟と化している中心街に喜んでついてくる人間など、そうそういないだろう。
また漂い始めた薄紅色霧に、思わず顔をしかめる。
「アザミ、一旦霧の少ない場所へ行こう」
アザミは黙ったまま小さく頷き、「こっち」と、手招きをした。
導かれるまま移動した先は、中心街から少し離れた岩場だった。
アザミが勢いよく穴蔵に顔を突っ込んだ。
「ただいま。お爺ちゃん」
「アザミ……おぉ……帰ったか……。アザミ……よかった……」
見るからに不健康そうな老人だった。強く咳き込み、震えの止まらないのであろう手で、アザミの手を弱々しく握っている。
俺は筒状のスプレーを2、3回穴蔵にプッシュした。
「ちょ、なにを!」
「いーから」
掴みかかってきたアザミの腕を振り払う。
「息、吸ってみ」
穴蔵の中の空気がみるみるうちに軽くなっていく。
「……何をしたの?」
「この穴蔵には、目に見えない濃度の霧がこもっていた。だからスプレーで霧を除去した。それだけ」
「それだけって……」
アザミはしばし唖然としていた様子だったが、我に返ったのかハッと老人に駆け寄った。
「大丈夫!? おじいちゃん!!」
「なんということじゃ……呼吸が楽になった……」
老人もまた唖然としつつ俺に向き直ると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「……ここを寝蔵にしているんだったら止めた方がいい。霧やガスはこういった窪まった場所にこもりやすい。いくらここら辺の霧の濃度が薄くても、こうして集まってしまえば中心街の濃度と変わらない。もっと開けた場所へ──……」
と、言っても。この国に安眠できる開けた場所など、ほとんど残ってはいないことはわかっている。
「こっちだ」と、俺は半ば強引に、2人を先導した。
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