届け。

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 重たい瞼を開けると、僕は机に突っ伏したまま、昼を迎えていた。  閉めっぱなしの雨戸の隙間からは、あたたかな春の日差しが、紙ゴミがうずたかく散らかる床にやわらかく差し込んでいる。  壁に掛けられた時計を見ると、針は正午を回っていた。あたりまえだが、とうに登校の時間は過ぎている。というか、もう下校時刻だ。  春休みが終わり、今日から新年度。  だから僕も、高校二年生に進学した、筈だ。  筈だ、というのは、僕の単位が、果たして進学可能な数値に達していたか、が、分かりかねるからけれども。  だけど、その時の僕には、そんなの、どうでもよかった。学校なんて、高校なんて、僕の人生にはなんの意味もない、僕はそのとき、心からそう思っていた。  ――いまごろは、みんな始業式も終えて、新しいクラス仲間とわいわい言いながら、LINEとかTwitterのアカウントでも教えあっているんだろうな。  僕はインクの匂いがプンプン漂う机から顔を上げつつ、そんなことを考えた。そして、その次に、ばかばかしいな、と思った。そんなことして無理矢理遣って繋がり合ったって、明日にはスマホを通じて悪意のやりとりをするだけなのかもしれないのに、と。そう考えながら、いまはおぼろげな記憶のなかにしかない友だち数人の顔を思い浮かべて、僕はひとり、くぐもった笑いを漏らす。  その時、玄関のチャイムが鳴った。どうせ、母さんが出るだろうと、僕はそれをやりすごそうとした。ところが、チャイムは二度、三度と、間隔を開けて鳴り響く。そこで僕は今日は母がパートの日だったことをようやく思い出し、部屋を出て玄関に向かう。  ――荷物でも来たかな?  そう思いながら、ドアホンに視線を投げた僕は面食らった。そこには、見知らぬ若い女性が突っ立っていた。ひとつにまとめた長い黒髪にグレーのスーツ姿という、なんとも颯爽とした格好の女性が、僕の家のチャイムを連打しているのだ。なんだなんだ、と僕はそおっ、とドアノブを捻る。すると、扉の隙間から僕の顔を認めるや否や、女性の顔がぱあっ、と明るくなって、そして、心から嬉しそうにこう叫んだのだ。 「あ、林和毅くん?! はじめまして。今度、二年三組の担任になった、三好です! これから一年、よろしくお願いしまぁーす!」
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