届け。

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「へええ、ここが林くんの部屋か。なんか、高校生の男の子の部屋、って感じで、いいなあ……。弟の部屋思い出しちゃうなあ」  三好先生は、なかなかに図々しい神経の持ち主であった。  挨拶するや否や、玄関にて突然の訪問に慌てる僕ににじり寄ると、そのままの勢いでドアを引っ張って、家のなかに身を滑り込ませてきた。そして呆然とする僕を横目に「お邪魔しますねーっ」と言いながら、パンプスを脱いで、階段を勝手に上り、こともあろうに僕の部屋にずんずんと踏み込んでいったのだ。そしていまは、しげしげと僕の部屋のあれこれを見ては、何やら感慨深げでいる。 「ちょ! ちょっと! 勝手に入らないで下さいよ、それになんでここが僕の部屋だと分かるんですか?!」 「えーっ、だって、さっき、林くん、この部屋の窓の隙間から私を見ていたじゃない。それに」  先生の後を追いかけて散らかり放題の自室に飛び込んだ僕の言葉に動じることもなく、その態度は堂々たるものだ。そして足元から、床に降り積もっている紙くずを一枚取り上げると、彼女は、にやりと笑った。 「それに、林くん、マンガ家志望なんでしょ? なら、こんなに落描きが転がっている部屋、林くんの部屋以外、ないじゃない?! あら、いまの時代でもアナログで描くのね。こんなに細かく、すごーい!」 「あーっ、それ、僕の大事な原稿!」  僕は慌てて三好先生の手から、描きかけの原稿をひったくった。 「大事なら、床に転がしとくもんじゃないでしょうに」 「……なっ、なんで僕がマンガ家志望って、知っているんですか?」 「え? だーって、ちゃんと沢木先生からの引き継ぎにそう書いてあったから」    沢木先生。一年の時の担任の名を聞き、僕は溜息をついた。僕が登校拒否になってからは、二回かそこら電話してきただけなのに、そういうところはきっちりとしていやがる。  しかめっ面になった僕を面白げに見つつ、三好先生は結んだ黒髪を揺らしつつ、何枚かの紙を差し出してくる。 「はい、これ今日配ったプリント。年間の行事表とかあるから、ちゃんと目を通しておいて。それじゃあ、次は学校で会えることを祈っているね」  そう言って、三好先生は黒いストッキングに包まれた細い足を、ドアに向けた。そして、原稿を手に棒立ちになっている僕を尻目に、僕の部屋を出て行く。  その寸前、先生が、くるりと振り返った。 「なかなか、いい絵、描くじゃない!」  そう言い残して、三好先生は去って行った。  春の空気が流れ込んだ部屋に、先生の残り香が、ふわり漂い僕の鼻腔をむず痒くくすぐった。
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