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朝になって、店の前で声がしたのですじゃ。聞いたことのない声でした。
すわ、街の衆が、エマに気付いてあたくしを探しに来たのかと、恐る恐る声のした方へ顔をやりました。
そしたら、あの子が、あの小さい子供が、エマと名乗って帰ってきたのですじゃ。
あたくしは驚きました。起きたことが信じられませなんだ。
エマなのかい、と尋ねたらのその子は笑って言ったのですじゃ。
「そう、エマだよ。おじさんはだあれ?」
あたくしは浅はかでした。
弱っていくエマと共に死ぬこともできたのに、病をなかったことにしたいがために、妻に、共に生きた数十年を捨てさせてしまった。
それから、全て忘れちまったエマに、あたくしは親戚の爺だと名乗り、前のエマのことは一切教えず、一緒に生きてきました。
あたくしにできることは、せめて、何も知らないエマが何も知らないまま生きていけるよう、必死に隠すことだけ。
そう思ってきたのですじゃ。
少し前から、エマが咳をするようにななったのですじゃ。前のときとおんなじ、辛そうな顔をするんですじゃ。
ああ、
あたくしのやったことは、エマの苦しみが長く続くようにしただけでないか。
何も知らないエマが、再び病苦にもがいていくのを、あたくしは、何もできずにただ見なくてはならないのかと思ったのですじゃ。
ズズ様、笑ってくだされ。どうか、この爺をどうしようもない愚か者と記して、残してくだされ。
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