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かさ、かさ、時折紙がこすれる音がする。岸田くんは私の方なんか見ずに、レジュメをじっと見つめている。整った指がレジュメをなでてはつまみ、さらりとした明るい茶色の髪が、うつむく目元を守っている。
……しかし。
一体、なぜこんなことをしているのか。
なぜかといえば、強いて言えばそれは、何もなかったからである。
何もない一日だった。
日が暮れて、図書館を一人で出てきて、帰宅する以外に何のあてもない。そんな私を、呼び止める人がいたのである。
「すみません。お時間よろしいでしょうか」
それが岸田くんだった。
岸田くんは横から行く手をさえぎって、唐突に棒読み自己紹介を始めた。
「私は、心理学科四回生の岸田青葉と申します。私は、卒業論文のための実験にご協力いただける方を探しています。もしお時間がありましたら、ご協力いただけないでしょうか」
私は、岸田くんと顔を見合わせた。
「あ、……はい」
と、即答した。
「あ、楽にしてくれていいですよ」
と、聴き終えてから岸田くんに言われた。
気がつけば私は、スマホに顔をくっつけんばかりの前のめりであった。
「……あ、あれ。すみません」
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