いちごのバームクーヘンと一つの仮説

2/15
前へ
/15ページ
次へ
 かさ、かさ、時折紙がこすれる音がする。岸田くんは私の方なんか見ずに、レジュメをじっと見つめている。整った指がレジュメをなでてはつまみ、さらりとした明るい茶色の髪が、うつむく目元を守っている。  ……しかし。  一体、なぜこんなことをしているのか。  なぜかといえば、強いて言えばそれは、何もなかったからである。  何もない一日だった。  日が暮れて、図書館を一人で出てきて、帰宅する以外に何のあてもない。そんな私を、呼び止める人がいたのである。 「すみません。お時間よろしいでしょうか」  それが岸田くんだった。  岸田くんは横から行く手をさえぎって、唐突に棒読み自己紹介を始めた。 「私は、心理学科四回生の岸田青葉と申します。私は、卒業論文のための実験にご協力いただける方を探しています。もしお時間がありましたら、ご協力いただけないでしょうか」  私は、岸田くんと顔を見合わせた。 「あ、……はい」  と、即答した。   「あ、楽にしてくれていいですよ」  と、聴き終えてから岸田くんに言われた。  気がつけば私は、スマホに顔をくっつけんばかりの前のめりであった。 「……あ、あれ。すみません」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加