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会合の途中で私に緊急の映像電話が入った。
私は仲間たちと繋がったまま通話に出ると、頭の中に情報統合省の制服を着た係官の姿が映しだされた。微表情がないことから彼も私たちと同じ人造人間であることがわかる。
「栄介さんの生後母085194Mですね。十二分前に彼の衝動的かつ重度の暴力行為が確認されました。被害対象者は鈴木真紀子。彼を担当する巡回教師。領域分けは人間です」
「はい……」
「このまま情報を共有して大丈夫ですか」男の目が微かな疑念を抱いて青く光った。「準備ができるまで一、二秒お待ちしましょうか」
考え込むにしても一、二秒とは、私たちにとっては永遠ともいえる長い時間だ。そのように無駄な時間は必要ない。
「いえ、結構です。続けてください」
「わかりました。被害度合いは全治半年。殺人に次ぐ重さです。アップルパイを切り分けようとテーブルに運ぶ途中、誤って足を滑らせて転倒した被害者の腹部に刺さった包丁から出る血液を見たご子息が、床に落ちたケーキナイフを拾い上げると被害者の頸部、右手、胸、左鎖骨下、背中を次々と刺し、治安維持局員が緊急到着するまで『赤い血がね。いっぱい出るんだよ。手品じゃないんだよ。ほら』と言って、その行動を止めませんでした。これは既に家庭内監視カメラによって確認されています。その後……」
私は自分の身に起こったことで、無意識に戸惑ったようだ。
初めての経験だった。
戸惑うということを数学的な計算からではなく、理解したのだ。そう。感じ取ったといっても過言ではないかもしれない。でも、もっと私を魅了したものがある。絵美ちゃんのお母さんや仲間たちからの羨望と嫉妬。そうとしか理解できない会合中の仲間から放射される『ゆらぎ』だ。僅かな陽電子の乱れであったとしても、これは観測された純然たる事実だ。息子の行動は、それほどの衝撃をもって仲間たちに迎えられたのだ。
「情報統合レベルは特二級です」と、情報統合省の係官。「ご子息の身柄は半日お預かりして徹底的に調査します。調査後、希望があれば家庭にお返ししますが」
「もちろんですとも。引き続き、家庭内で教育していきますわ。是非ともそうしてください」
優越感というものを初体験しながら、息子との生活では、次にどんな突発事項が起こるのだろうか。そう考えただけで、体内に内蔵された常温型小型反応炉までが少し不安定になった。これは興味深い変化だ。
*
本当に面白い。これが面白いというものなのだ。
私たちホモ・エレクトリクスには共に進化を目指すホモ・サピエンスという教師がいっぱいいるのだ。
私は陽光の降りそそぐ集会所の中で、無口になった仲間たちと午後の楽しい……そう、まさに楽しい会合を続けた。
了
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