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ぼくには中学生の時からずっと親しくしている何人かの仲間たちがいる。中高時代は、しょっちゅう一緒に勉強したりカラオケに行ったりしていた。大学生になると、そのメンツでマージャンをしたり、ちょっぴり悪い遊びもしたりした。まさに悪友ってやつだ。
ぼくは隣県にある大学に通っていて、大学近くの安アパートで独り暮らしをしていた。案の定、そこは仲間たちの溜まり場になった。一週間に四日か五日は、誰かしらが転がり込んで来て、ダラダラと酒を飲んで夜を過ごしていた。
ある年の大晦日のこと。その日は、ぼくのうちで忘年会をすることになっていた。飲んで、マージャンをして、朝になったら初日の出を拝んで、その足で初詣に行くという予定だ。
夕方過ぎくらいから、仲間たちが続々とぼくの家に集まって来た。ぼくは百均で買ったグラスや皿を人数分テーブルに並べて彼らを出迎えた。男ばかりでワイワイと、隣の部屋から苦情が来ない程度に馬鹿騒ぎをした。
お酒もだいぶ入って酔って来た頃だ。近所のお寺から、除夜の鐘の音がうっすらと聞こえていた。
「雪」
窓際に座っていた木山が言った。窓の向こうに白いものがハラリハラリと舞っていた。
「年越しの雪ってめずらしいよな」
岡沢がつぶやいた。この地域では、そもそもあまり雪が降らない。去年もたった一度しか降らなかった。もっとも、その日は電車が止まるほどの大雪だったが。
「クリスマスの雪は、ホワイトクリスマスだよな。大晦日の雪は何て言うんだ?」
矢部がとぼけたことを言い出した。
「ホワイト大晦日でいいんじゃない?」
「何か、語呂が悪くないか?」
「じゃあ、真っ白大晦日」
「日本語にすりゃいいってもんじゃないよ」
「じゃあ、白塗り大晦日」
よくわからない大喜利が始まって、みんなで笑った。酔っているから、どんなことでも面白い。
雪は結構なペースで降っている。窓から見える木は、もうすっかり白色に染まっていた。
「なぁ、これ、吉村が撮った昔のDVDだよな」
ふいに、木山が言った。本棚の下に並んだ何枚かのDVDを指差している。
「そうだよ。吉村からダビングしてもらったやつ。実家から何枚か持って来たんだ」
吉村は高校時代、映画監督を志していた。何かイベントがあるたびに、父親から買ってもらったという高価なビデオカメラを持って来て、ぼくたちのことを撮影していたのだ。
「なつかしいな。見てみようぜ」
吉村を横目で見ると、はにかんだように頷いていた。吉村は昔から口数の少ない男だった。
ぼくは適当な一本を本棚から取り出し、再生デッキにセットした。体育祭のものらしい映像がすぐに流れて来た。徒競走のようだ。カメラの焦点は走る岡沢の顔に合っている。その岡沢が派手に転倒し、客席から笑い声が上がった。
「あー、思い出した。俺、転んだわ、たしかに」
岡沢が照れ臭そうに頭をかいた。画面の中で起き上がった岡沢も、同じように頭をかいていた。それを見てぼくたちはケタケタ笑った。
「他のやつも見ようぜ」
矢部が別の一枚を持って来た。ぼくはそれをセットする。今度は文化祭の野外ステージが映し出された。
「あー、これはやばいぞ」
矢部が大げさに頭を抱えて見せた。画面の中のステージに、矢部を先頭にした一団が上がって来る。ぼくと木山と岡沢もいる。これは高二の文化祭だ。人気ロックバンドのコピーをした時のものだ。あの頃、ぼくたちは音楽に凝っていた。中古屋で安いギターやベースを買って、市民施設のスタジオでデタラメにかき鳴らしていたのだ。
ステージ上で、何ちゃってバンドの演奏が始まった。みんな格好だけは一丁前で、演奏はひどいレベルだった。それを見ながら、ぼくらは笑いながら悲鳴を上げた。
自然と思い出話に花が咲く。木山と矢部が過去の恋の話を始め、岡沢がそれを冷やかすように合いの手を入れている。
雪は次第に降りつもって行く。
ふと、ぼくは吉村の様子が気になった。さっきから会話にまるで入って来ず、何だかぼんやりとしている。
「どうしたんだよ、吉村。酔って眠くなったか?」
ぼくは吉村の隣に移動し、尋ねた。
『俺はもう、みんなと一緒に遊べないからさ。ちょっとだけ、切なくなっちゃったんだ』
吉村はそう言って、さみしそうに笑った
ぼくは吉村が悪い酔い方をしているのだろうと思った。
「何言ってんだよ吉村。またみんなで馬鹿をやろうぜ」
吉村の顔を覗き込みながらそう言った。
『いや、もういいんだ。今日は久しぶりにみんなに会えて楽しかった。俺の分まで、楽しく生きてくれよ』
吉村が優しく微笑んだ。
ぼくは何だか胸が苦しくなって、わざと強い口調で吉村に言った。
「今度、みんなで旅行しようぜ。その時は、また高校の時みたいに、ビデオ回してくれよ」
ぼくは吉村の肩をバシンと叩いた。
その時だった。
吉村が砂山のようにパラパラと崩れ出した。
ぼくは何が起きたのかわからず呆然とした。
「吉村?」
吉村はもう左半身がなかった。
「吉村!」
吉村は優しく微笑んだまま、煙のようにフッと消えた。
ぼくは半ばパニックになり、あたりを見回した。
デスクの隅の写真立てが目に入った。高校の修学旅行で撮った一枚が飾られてある。肩を組んで笑うぼくと吉村の写真だ。
それを見た瞬間、ぼくは突然、思い出した。
ああ、そうだ。吉村は、死んでるんだった。
吉村は、もうこの世にいないんだった。
あれは去年のちょうど今頃だった。吉村は、大雪が降る日にバイク事故で死んだ。めったに雪が降らないこの町で、大雪の日に死んだ。
それなのに、ぼくはなぜか、吉村が生きていると思い込んでいた。それどころか、吉村が今日の忘年会に参加していると、ずっと錯覚していたのだ。
「あれ、吉村は?」
ふいに、木山がつぶやいた。
「あ、そう言えば」
「吉村、さっきまでそこにいたよな」
矢部と岡沢もあたりを見回している。
ぼくだけじゃなかった。みんなも、ここに吉村がいたと思い込んでいる。
「何言ってるんだよ。吉村は去年、死んじゃったよ」
ぼくは言った。ことさらに明るい声で。
「あ、そっか。いけね」
岡沢が頭をかいた。
「何でだろう、一緒に飲んでたと錯覚してたわ」
木山が首をひねった。
テーブルの上には、グラスと皿が5つあった。ぼくと木山と矢部と岡沢と……吉村の分だ。どのグラスにもビールが注がれていて、どの皿にも食べかけが乗っていた。
「吉村、やっぱり、さっきまでここにいたよな?」
ぼくが言うと、一斉にみんな頷いた。
「あいつ、俺たちと一緒に忘年会したくて、会いに来ちゃったんだな。さみしがり屋な野郎だぜ」
木山がおどけたように言う。
もしそうだとしたら、今日はとても幸せな大晦日だった。
「飲もうか」
誰かが言った。テーブルを囲み、それぞれグラスを持ちあげた。
「乾杯」
5つのグラスがチンという小気味の良い音を室内に響かせた。
窓の外では相変わらず、雪が静かに降り続いている。
【了】
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