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そんな最悪な学校生活を過ごした僕は、ひとりで帰るところを見られるのが嫌で、図書室に居座り、下校時間をみんなからずらして帰っている。
通学路には、遥か道の先を歩いていた女子生徒二人組がいたが、そんな二人も別方向に曲がり、今はもう完全に僕だけだ。
田舎というのもあって、通行人もまばらにしかいない、入り組んだ住宅街。
青い蝶は、美しい鱗粉の尾を引きながら、家と家の間の細い裏道を抜け、空き地の前を通り過ぎる。
今にも倒壊しそうなほど傾いた、お化け屋敷よりもお化け屋敷然とした空き家の裏庭を抜け、くすんだ緑の古い洋館の門の隙間を入って行った。
アーチ状になった門には白いバラが巻き付いている。
その傍に立つ細い木の枝には、アンティークなランプがぶら下がっている。
夜になったらここに明りが灯るのだろうか。この白いバラが夜の闇に淡く浮かび上がるのは綺麗だろうな。
「こんにちは」
「あ、え、その……」
「どうぞ」
女性の顎の高さで切り揃えられた艶のある黒髪が、ふわりと吹いた乾いた風に揺れる。
女性は門を開き「お庭、見て行ってください」と言うと「もしかして時間無い?」と、途端に眉が申し訳なさそうにハの字になって、僕は慌てて頭を振った。
全然です、と女性の白いロングスカートに視線を落としたまま。
門をくぐり、洋館の脇を通る。庭に通じる細いこの場所にも、フェンスには青やピンクの朝顔がびっしりと彩を添えている。
圧巻の景色だった。洋館の裏手にある庭は、無数の花で埋め尽くされている。
文字通りの埋め尽くし、だ。
赤、白、黄色、青、紫、オレンジ、ピンク……フリルみたいな花びらを持つものや、なかには百合のようなオレンジの花に黒い斑点があったりと、見た目からして毒々しい物もある。
様々な色の花が陽光を浴びて、虹色の光を纏っているみたいだ。
植物に疎い僕でもわかるのは、チューリップにバラにひまわり。
あの右奥の花壇に植えてあるのはペチュニア、だっただろうか――自信は無い。
「凄いですね」
「私の自慢なの。これが生き甲斐なんですよ」
「あそこの紫陽花も綺麗で、向こうは紅葉が――」
そこまで言って、思わず言葉が続かなくなった。
あれは紫陽花だ。間違いない。青色の紫陽花の隣には、ピンク色の紫陽花。
洋館の建物の影から鮮やかな色を揺らしているのはコスモスだ。
そのそばには、椿が真っ赤な花を咲かせている。
いや、おかしい。この庭は、何もかもがおかしい。
「コスモスとひまわりと、色付いた紅葉が一緒にあるからかしら」
僕の心の声を代弁するように、女性が可笑しそうに言う。
そうだ、季節感がまるで無い。四季の花や樹木が混在しているのだ。
「そうよね。おかしいの。でも、この庭は特別だから。私、フウカ。良かったら家にも入ってみません?」
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