似てない姉妹

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パウンドケーキは、オレンジのドライフルーツ入りだった。 生地にはダージリンの茶葉も練り込んである。 甘さ控えめの為、茶葉の香りやフルーツの甘酸っぱさがしっかりと感じられるとても美味しいものだ。 料理なんてしたことも無い僕に丁寧に教えてくれるフウカさんは、僕が言われた通りに出来なくても咎める事も責める事もせず、終始穏やかな声色で「何が失敗なのか。失敗したらどうなるかを学ぶのは、成功するよりも大切です」と励ましてくれた。 まぁ、その後ろで、暖簾の下から覗く寝ころんだままのシオンさんは「暑いのによくやるわぁ」と肩をすくめていたのだけれど。 「姉さんはいつもこうなんですよ。食べる専門、楽しむ専門。本人はずぅっとごろごろ」 パウンドケーキをフォークで切りながらフウカさんが言う。「でもね」と言葉を続けた。 「彼女のこういう雰囲気で気持ちが楽になる人もいるみたいで。姉さんがこうしている時の表情、私も穏やかな気持ちになるので好きなんです。実際、このトラ猫ちゃんも私よりも真っ先に姉さんの元に行きましたから」   そう言うと、僕の隣で胡坐をかきパウンドケーキを頬張ったシオンさんが、指先でフォークをくるりと回して「そうそう」と得意気に肩眉を上げてみせた。 「適材適所、向き不向き、量才録用、餅は餅屋ってね。得手不得手があるから、世の中が成り立つし豊かになるの。大半に役立たずって言われる人間でも、一人くらいは必ずいてくれなきゃ困るって思う人がいるもんよ。それで充分なの。あたしはそっち側で良いの。料理も家事も苦手なのよ、本当は。昔は頑張ってたけど、もう辞めたの。今はもう堂々とだらけるって決めたのよ。こうしてのんびりしてる方があたしは丁寧に向き合えて、相手の顔をじっくり見られて楽しいからね」 シオンさんは「ねぇー。良い顔してるねぇあんた」とふくらはぎに身体を押し付けてへそ天する茶トラの顎をうにうにと撫でまわした。 茶トラが少し迷惑そうに、でも幸せそうに「ぶにゃあ」と鳴いた。 その左目は何かに傷付けられた跡が深く残っており、白く濁った瞳は僕たちを映してはいない事に、その時気付いたのだった。
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