夏の風に乗って

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夏の風に乗って

中学生の頃にそうして友人になった村井は、今はどこで何をしているのだろう。 子供の時代というのは、過ぎてみればあっという間だ。 その時は永遠に感じて、世界の全てに思う事もある。 だが、どんなに仲が良かった友人もいつの間にかすれ違い、別の道を歩み、もう一生出会う事も無くなったりするものだ。   とある夏の帰り道。 不思議でへんてこな洋館で出会った姉妹は、今どこにいるのだろう。   あれから、一度もあの家を見付けられていない。 陽光を浴びて虹色にきらめいていた庭も、もう二度と見られないのだろうか。   シオンとフウカ。 僕が生まれるよりもずっと前にあの場所にいたと言うのは、近所のおばあさんに聞いた。 そしてフウカという女性は、幼い頃の事故で歩けなかったのだということも。 「あの姉妹は可哀そうだったよ。とても貧乏で、それでいて親の愛情も受けられなくて。そのくせ、親は二人を召使みたいに扱ったんだ。特にお姉ちゃんのシオンちゃんはずっと働き通し。あまりにみすぼらしくて、幼い頃は近所の子供達から虐められていたんだよ。シオンちゃんは無理がたたって病気になって死んじまった。妹のフウカちゃんは親の留守中に後を追うように火を点けて家ごと……ね」と。   あの頃と同じ、夏の青い風が家と家の間の細い裏道を駆け抜けて、僕の額の髪を撫でる。 多分、この辺り。 空き地の前を通り過ぎ、今にも倒壊しそうなほど傾いた、お化け屋敷よりもお化け屋敷然とした空き家の裏庭を抜けたこの場所。   何も無い、雑草が僕の腰の丈ほどまで伸びた空き地に向かって深く頭を下げた。 「ありがとうございました」 堂々としていればいい。必要としてくれる人は必ずいる――。   左手にある小さな手の温もりを確かめるように、ぎゅっと握り締める。 「行こうか」 柔らかな頬に汗をにじませた五歳の息子が「アイス買いに行ける?」と手を強く握り返す。   期待満々の無邪気な瞳に、僕は笑って頷いた。 何処からともなく白檀の香りが流れた。 それはとてもか細くて。 あっという間に風にさらわれて、蝉時雨の眩しい青空へと消えてしまった。
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