背中合わせの馬鹿と阿呆

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 青井が言うように、保は一度冬馬に告白し、フラれた。  それはちょうど一年前。今日のように梅雨明けの澄み切った青空が晴れ渡る日だった。  入学式で見かけてから、毎日、今日と同じように生垣から冬馬が登校するのを待っていたら、いきなり声を掛けられた。 「お前、いい加減にしろよ」  なんとなく見覚えがあるような、ないような。でも名前も知らない人だった。 「えっと、どちらさまですか?」 「お前が毎日ストーカーしてる河鹿さんのダチだよっ!」  冬馬の名前があがって、ようやくその顔の正体を思い出した。 「あぁ! 冬馬くんの隣にいるだけの、偉そうな人!」 「てめぇ……っ!」 「ぎゃはは! 犬崎は確かにえっらそうだよねー!」 「っざけんなよ、猿渡っ」 「だって、偉そうってwww」  そう笑っているのは、やはり冬馬の隣でいつもへらへら笑っているだけの男だ。その後ろにはもう一人、いつもただ近くにいるだけの背の高い男が、やはりただ立っていた。 「とにかくっ! 河鹿さんが迷惑してるの、わかんねぇ?」 「そーそー。まじうざーい」  犬崎と猿渡の言葉に、後ろの男もうなずく。 「め、迷惑? ってこいうことは、冬馬くん、僕のこと知ってるんですか? え? うそ! どうしよう……。僕なんかが冬馬くんの視界に入って、なおかつ頭の片隅にでも存在してる……? いやいやそんなっ! 恐れ多いっ! せめて、もう少し冬馬くんの隣に立っても見劣りしない程度には、レベルアップしてからって思ってたのに……。迷惑以外にもほかになにか、僕のこと言ってました?」 「河鹿さんはお前のことなんてこれっぽっちも興味ねぇよっ!」 「え? 冬馬くんが迷惑だって言ってたんじゃないんですか?」  犬崎は言葉を詰まらせた。猿渡は相変わらずなにが面白いのか爆笑している。 「ウケるwww たしかに河鹿さん、なんも言ってないもんねー」  その言葉に同意するように、背の高い男は首を縦に振っていた。 「猿渡、マジ、あとで殺すっ! とりあえず先にコイツだっ」  腕をつかまれ、投げ飛ばされる。  そんなことをされるとは思っていなくて、保は勢いよく生垣のある芝生から、キャンパスへと向かうアスファルトへ放り出された。冬馬を真似て買ったウニクロの黒いトートバッグの中身とともに。情報満載の365日ノートに、テキスト、ペンケース。それから、薗田教授の絶版になってしまった初期の作品集。これは汚したくない。  急いで拾い集めると、保の目の前に見覚えのある黒いハイカットスニーカーがあった。ネットで何度も見たから、間違いない。シンプルでありがちなデザインにしか思えないのに、履き心地がよさそうな靴は、四万円もする……。
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