背中合わせの馬鹿と阿呆

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――あ、来たっ!  根本がすっかり黒くなってしまった茶色い頭を覗かせて、阿立保(あだちたもつ)は大学の正門で、とある人物を待っていた。保の今日の講義は二コマ目からである。それなのに、早朝、門が開くのを待ってまで件《くだん》の人物が来るのを、今か今かと待ちわびて、とうとう彼はやってきた。  今日の彼の服装は、ビッグサイズの白いTシャツ。ベージュのスリムパンツ。手には黒い革のトートバッグといたってシンプル。梅雨明けのすがすがしい晴天に金の髪がよく映える、爽やかな装いだ。スタイルの良さも相まった姿に、保は感嘆の声を漏らした。 「あぁ……っ! 冬馬くん、今日もかっこいぃぃぃっ!」  保が毎日観察しているのは、同じ大学の同じ二年生、同じ男である、河鹿冬馬(かじかとうま)。学内でも、いや最近では学外でも保を含め多くのファンがいる青年だ。  保が彼を最初に見たのは、この英桜(えいおう)大学の入試の日。  極度に緊張すると、思ってもみない行動をしてしまう保はセンター試験で大失敗した。全科目、受験番号を間違えたのである。  英桜大学には、どうしても教えを請いたい教授がいた。一級建築士、薗田虹児(そのだこうじ)。なので、保はこの二次試験に最後の望みを託していたのである。  おかげでセンター試験以上に緊張し、心臓がバクバクと音を立てていた保の視界に、ぼんやりとした光が見えた。  いや、実際は淡い金髪だ。  学生のほとんどは黒髪で、制服の暗い色ばかりの中に、冬の晴れ間がさす会場で日の光を浴びた金髪が輝いて見えたのである。  思わず目が行く。  彼は、保と同じように緊張し、最後の確認とばかりに机にしがみつく学生たちとは対象的に、ひどくリラックスしていた。  ぼんやりと外を眺め、大きなあくびをする。静まり返った会場で、それは離れた保にも聞こえるほどだったが、それを気にすることなく、さらに首を鳴らしはじめた。  自然体な彼の姿にあっけにとられる。その緊張感のなさが伝染したかのように、鼓動は穏やかになった。おかげで無事、入学できたのだが、その入学式典でまた、彼を見つけた。春のきらめく日差しの中、よく似合うダークスーツに淡く少し長い髪がなびく。あの日とおなじようにぼんやりとした表情であくびをし、首を鳴らして座っている。 ――彼みたいになりたい。  慣れないスーツでカチコチになっていた保はそう思った。
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