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本棚に追加「カレーですか。それよりも僕、今日は肉って気分で」
邪気もなく慶くんは、私に耳打ちするように言った。
「ちょっと背伸びしてもいいですよね。和牛の美味しいお店を予約しておきます。今夜、付き合ってもらえませんか。ランチより僕は、ディナーをご一緒したいです」
どうやら暗に示す作戦は不発だったようだ。そういうところは鈍いんだなあ、と苦笑しつつ、私は指で丸を作って快諾した。
「やった。じゃあ、早く上がれるように営業行ってきます。それからその……一時ごろ、外から一回連絡入れるんで、そのときに電話出てもらっていいですか。えと、今夜は何時まで一緒にいられるのか、前もって知っておきたいので」
本当に駆け引きなんか知らない子なんだなあ、と思った。もしも私が高校生だったなら、そういう関係も良かっただろう。でも、童心も忘れちゃいけない。擦れすぎて味のなくなった女にはなりたくない。だから気を持たせるように、ただ一度、こくんと頷いてみた。
慶くんが電話をかけてきたのは、午後一時ちょうどだった。時間に関してもきっちりしている性格なのは好ましいが、やはり物足りない。帰社間際まで引っ張るぐらいの気持ちが欲しかった。彼は初めて恋する女の子に電話をかけるみたいに、会話のつなぎ方が変だった。私は、遠いデスクでパソコンと格闘中の課長を視界の隅に置きながら、「今夜は帰らなくても平気よ」、「慶くんと過ごすの楽しみ」などと伝えた。
正直、あまり家には帰りたくない。
両親にしたって、外泊するような相手がいると思っていたいはずだ。
金曜日に続き、月曜日も外泊となれば、ようやく結婚か、と喜ぶに違いない。私の男性遍歴を知っている両親だから、「次こそはまともな男でしょうね」と詮索するのは目に見えているけれども。
電話を切ってすぐ、差し向かいに座る後輩の鈴木ちゃんが話しかけてきた。
「先輩、今日はお泊りですかあ? 何か嬉しそうですねえ。でも、寿退社はやめてくださいよ。あたしたちの仕事が増えちゃうから」
彼女がそう言ったとき、課内に米国人の部長が入ってきた。鈴木ちゃんは慌てて背筋を正し、取り繕って英語で話し始めた。
「This document seems to be incomplete, but what should I do?」
部長が、怪訝そうに彼女を見た。しかし彼は課長に用があるらしく、咎める真似はしなかった。鈴木ちゃんは部長の動向を窺ってから、ほっと胸を撫で下ろす仕草をした。
二つ年下の鈴木ちゃんは、妹みたいな存在だ。女を売りにしている感じでもないから、見ていてとても可愛らしい。こういう子が慶くんの彼女だったら応援出来るのだが、鈴木ちゃんは年上にしか興味がないと言う。
「同期なんか弟みたいなもんです」以前に彼女はそう言って、純朴な慶くんを鼻にもかけなかった。
「あたしの好みは課長なんですけどねえ、今のご時世、不倫はやばいですよね。週刊誌にスッパ抜かれちゃうもん」
確かに、同期も年下も物足りないのは同感だ。経験値が違うから、包容力が違う。だけど、年上も本当に様々で、私のように付き合った男が全て年上でも、ろくな目にあわない場合もある。それを鈴木ちゃんに言ったところで、「男運がないんですよぉ」と笑われるのがオチだろうけど。

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