事件

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 顔色を変えたのは、有朋だった。 「今、なんと」 「落ち着きたまえ。  それより、何が起きたのか、教えてくれないか?」  怒りを隠せぬ様子の有朋を宥めながら、玄関から、屋敷の奥へと進む。  幾つも障子を通り過ぎ、最も奥まった、障子の開いたままの部屋に、有朋は立った。 「ご覧下さい」  十二畳の部屋で、警察官が四人、あれこれと指差しながら話している。  部屋の主役は五尺も幅があるらしい机、革張りの椅子。  壁際には本棚が一面に犇めいているから、書斎であろう。畳の上に、西洋の家具が配されているのが洒落ている。  ただ、違和感を憶えるものが、一つ。  机の前に、赤い染み。傍には二尺程の、西洋の女神を象った青銅の像が転がっている。 「高林さんが、誰かに襲われたのか?」 「はい。今朝、僕が発見しました。  毎朝七時に、僕は書斎に参ります。  いつも通り部屋の前に立つと、人の足が、硝子部分から見えたのです」  有朋は、障子の真ん中ほどに填め込まれた硝子部分を指差した。 「障子を開くと、倒れていた。と。  今、高林さんは?」 「気を失ったままです。幸い、出血の割に傷は大したことはないのですが」
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