事件

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 「君の意見もごもっともだが、先ずは仕事関係を当たってみるよ」  隼人はさっき、義史に書かせた手帳を見せた。 「これは、仕事関係だけですね」 「引っかかる言い方だね。他に気になる人間がいるのかい?」 「最も、純粋に憎んでいるだろう人物を知っていますよ」  有朋は手を差し出してきた。  隼人は万年筆を取り出すと、手の上に載せる。  四角張った読み易い文字が、手帳に加わった。  実業家ばかりなので、仕事中に乗り込む。  流石にいきなり、昨夜は……などと言うわけにも行かず、義史から紹介を受けた。と、自分の仕事を利用した。なにか困り事はございませんか? と。 「昨夜、地震がありましたね」  会話中、さも思い出した風に言うと、相手は、何時頃ですか? と、首を撚る。 「零時頃です」  と言えば、 「寝ていたから、気付きませんでした」 「友人と飲んでいたが、はて、気付かなかった」 と、思い出しながら反応してくれる。  そこまでいけば、昨夜の様子をそれとなく訊いても、答えてくれた。  社交的な人間ばかりで、会話は弾んだ。 紹介されたという名目上、高林の名も出たが、仕事上多少の軋轢はあるらしいが、露骨に不仲を表すものはいなかった。
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