旧友

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 八月中旬、学校から戻ると母親が殺されていた。刃物で心臓を一突き。強い殺意が疑われている。  世間の評判では、穏やかで控えめな夫人が、人に恨まれるとは思えない。と言うのが、一致する意見である。  が、夫人は社交界の華であり、美貌の持ち主であったため、振られた男が逆恨みをしたのではというのも、よく聞かれた意見であった。  狙われる程の財産も無く、恨まれる理由も見当たらない善人。  真の動機は? 「金も力も無く、こんな小さな記事しか載せてもらえない特権階級」  学生時代、多くの華族と共に学んだが、これといって魅力的な人間はいなかった。  隼人は取り立てて華族を敬ってはいないが、軽蔑してもいない。  金があろうと無かろうと、身分が高かろうと低かろうと人は人。それだけである。 「髪が紅かろうと、黒かろうと、同じ人間」  髪を指で抓んで、うんざりと呟いた時、コンコン。と、扉が鳴った。   硝子扉の向こうで男が笑んでいた。慌てて駆け寄る。 「君、久しぶりだね」 「お久しぶりです」  男は大学時代、親しくしていた二年違いの後輩であった。
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