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よりにもよって、難儀な依頼を持ち込んでくれたな。と心の中で呟きつつ、万年筆の蓋を外した。
「従兄弟?」
「はい。母方の従兄弟を」
隼人は学生時代、有朋から聞かされた話を思い出していた。
幼い頃両親と死別し、義礼に引き取られた。
が、その頃の記憶は一切無く、義礼との関係も知らぬままである。と。
聞けばいいじゃないか。と、軽く言う隼人に、珍しく有朋は、緊張の面持ちで答えた。
聞けない。聞いてはいけないと、何かが止めるのだ。と。
何が? と問うて隼人は、有朋を振り返った。
有朋の瞳は涙で濡れ、潤んでいた。
その涙は頬を伝う事は無かったが、初めて見る、有朋の弱気な表情だった。
分からない。多分、知ってはいけないのだと思う。
君は、僕を愚かだと思うだろうね。
呆れてくれてもいい。
軽蔑してくれてもいいよ。
僕にはできない。
社長に、何も問えないのだ。
隼人の回想を打ち破ったのは、え? と低く響く声だった。
「従兄弟?」
「えぇ。最近思い出したのです。確か、母には妹がいて、赤ん坊を抱いていました。男か女かは思い出せませんが」
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